血に濡れた姿のまま、エリオは立ち上がった。流れる血は止まる気配がなく、戦うために身体を動かせる時間はそれ程多くはない。遠からず自分が死ぬだろう。エリオは淡々と自分の状況を把握しながら、しかし、目の前の敵に勝つために、ストラーダに指示を飛ばした。

「ストラーダ、試作モードに再セットアップ」

 エリオの指示を受け、ストラーダがバリアジャケットの再構築を始める。コートを始め、空気抵抗の大きい装飾は一切消失する。年齢相応の凹凸の上半身を覆うのは、ボディラインのハッキリとでる黒のインナーのみだ。スカートではなくズボンであることを除けば、幼い自分にフェイトが着ていた物と、造形は良く似ていた。

 ストラーダの形状も、突撃槍という大枠は維持しつつも、よりシャープな形へと変化している。

 コンセプトは、とにかく高速で動くというもの。高速機動の魔法を使いながら、神速を使ったらどうなるのか。思いつきを形にするために、ストラーダと2人で試行錯誤を繰り返した、名前もついていない試作モードである。

 理論的には恭也・テスタロッサの速度を超え、魔術師の最速に迫れるはずのこのフォームだが、いまだ試作段階にあることからも解る通り、最速を成すという試みはまだ一度も成功したことがない。それをぶっつけ本番で、実戦で使おうとしている。命知らずと人は言うだろうが、追い詰められたこの状況にあってエリオは自分の成功を微塵も疑わなかった。

 成功するための道筋が脳裏にある。それを相棒が示してくれた。自分は一人で戦っているのではない。今までもずっと、隣で戦ってくれる相棒がいたのだ。それを真に理解できた今、彼の手を借りることに迷いはない。魔導師と、デバイス。2人が手を取り合って初めて、このフォームは完成する。

「設定完了。命名――何でも良いか……」

 それで面倒な仕事は終わりと、エリオは腰を落としてストラーダを構えた。それに応じるように、セッテも両手のブーメランブレイドを構える。ブレイドはまだいくつも、空間に配置されている。刃の結界と言っても良いそれは、セッテの予知に近い予測に基づき、エリオがどんな軌道、速度で動いたとしてもそれを叩き落とす。

 その自信がセッテにはあった。エリオ・モンディアルはこの戦いに勝てない。それは今までの経緯からも、過去のデータからも明らかである。この予知を覆す程の動きを、エリオが出せる可能性は限りなくゼロに近い。加えて、エリオは今にも死にそうなくらいに体力を消耗している。

 今すぐにでも治療をしなければ、本当に命を落とす。自らが死に瀕していることを、何よりエリオ本人が十分に理解しているはずだが、ストラーダを構えるエリオに死への恐怖は微塵も感じられない。

 その目にあるのは、目の前の敵を打ち滅ぼすという強い信念のみである。自暴自棄にただ戦っていただけの今までとは、明らかに雰囲気が違っていた。こういう時の人間は、何をするか分からない。スカリエッティに言わせれば、これも生命の生み出す揺らぎなのだろうか。

 油断はしない。だが、事実として、エリオは自分には勝てない。それを驕りと言うならば、そうなのだろう。

 しかし、生まれたばかりの戦闘機人セッテにとって、データと分析に基づく予知は絶対であり、生物としての強度で劣る人間がそれを覆すとは、どうしても思えなかった。

 ばちり。エリオの周囲で赤い雷撃が弾ける。エリオの体質により変換された魔力が、周囲に漏れているのだ。エリオの『色』である赤色に染まったそれは留まるところを知らず、彼女の周囲に帯電する。

 エリオが息を大きく吸い、吐く。

 ただそれだけの行動。ただ一瞬の後に、いくつもの事が起きた。

 中空に待機させていたブレイドの八割が、その一瞬で破壊された。部屋中に赤い雷が帯電している。エリオがやったと、セッテは予測に頼らず反射的に理解した。そんなことはありえない。0と1で支配された心が感じるはずのない焦りを感じ、エリオの姿を探す。

 エリオは既に、準備を終えていた。壁に着地したエリオはストラーダを構え、既に力を溜め終っている。突撃が来る。それを認識したセッテは初めて防御のために両手のブレイドを構えた。避けるべきと頭は予測していた。これを受けたらエリオではなく自分が死ぬと、明確な警告がなされている。

 同時に、今からでは避けることはできないとも、理解していた。予測も予知も超えたエリオのスピードは、セッテから防御以外の選択肢を奪っていた。いかに戦闘機人が身体的に有利であっても、高機動戦闘を得意とする魔法使いを相手に、この遅れは致命的である。

 今から動きだしても絶対に補足される。無防備に攻撃を受けるくらいならば、待ち構えている方が良い。合理的な判断に迷いはないが、それも手遅れであるとセッテは感じ取っていた。

 中空に待機させていたブレイドは、全て放棄する。今から指示を出していても間に合わない。エリオは既に動きだそうとしている。身体一つ。これでエリオの渾身の突撃を止めることができるのか。

 セッテの無表情に、薄い笑みが浮かんでいた。それを自覚したセッテは、戦闘の緊張の中、少しだけ安堵していた。表情のころころと変わる姉を、実は少しだけ羨ましいと思っていたのだ。自分にも面白いと思えることがある。それが解っただけで、この人生にも意味があったというものだ。これが末期の悟りであっても、後悔はない。

 身体一つで迎撃態勢を整えるセッテを、エリオは無感情に見つめていた。

 元から研究していたことである。恭也・テスタロッサの得意技である『神速』と、ベルカ式の魔法であるソニック・ムーブの融合。今までは、何度やっても上手くいかなかった。エリオの年齢で神速を習得することさえ、恭也に言わせれば脅威であるらしいのだが、彼より遅いという事実の前には慰めにならなかった。

 彼よりも速く走る。それがエリオの目標の一つだった。

 土壇場、それも死ぬ間際に成功するなど皮肉な話であるが後悔はない。今も血は流れ意識は薄れていくが、長年修行を重ね苛め抜いた身体は、それでもエリオの意のままに動いていた。邪魔なブレイドを迎撃して、最後の一撃。壁に着地したエリオは、セッテに向けてストラーダを構えた。

 呼吸をする暇もない。全ては一瞬である。セッテが構えた。それを見届けたとのほとんど同時に、エリオは一筋の光となって、セッテに向かって突撃した。

 誰よりも、何よりも速く。ただその一念で突き詰めた技術は、この瞬間に身を結んだ。エリオは今確かに、恭也・テスタロッサの速度を超えた。今まで見た彼の、どの動きよりも速いという確信がある。念願を成し遂げた。その安堵から、意識が急速に遠のいていく。

 せめて勝負の行く末を――そう思ったが、酷使し続けた身体は既に言うことを聞かなかった。それでも、エリオに後悔はなかった。勝って、死ぬことができた。これなら、彼も自分を見下したりはしないだろう。

 最後に彼の顔が見たかった。心の片隅にほんの少しだけ後悔が残っているとすれば、それくらいである。あの大きな手で、不器用な笑みを浮かべながら、頭を撫でで欲しかった。お前は凄いなと、褒めてほしかった。もっともっと、名前を呼んで欲しかった。

 もし、次があるなら――

 薄れていく意識の中で考える。この勝利の先に、まだ続きがあるのなら、今までよりも人に優しくなりたい。素直になって、人と触れ合いたい。キャロみたいに笑ってみたい。ルーテシアのようにおしゃれをしてみたい。どんどん湧き出てくる欲求に、エリオは心中で苦笑しながら、今の自分の本当の希望を悟った。

(やっぱり、死にたくないなぁ……)

 死の間際、そう考えたと知ったら彼は笑うだろうか。それとも、自分のために泣いてくれるだろうか。その顔を見れないのは、やはり心残りだった。エリオの顔には笑みが浮かんでいる。それは寂しさとも嬉しさとも取れない笑みだったが、生まれて初めて、エリオが心の底から浮かべた笑みだった。












 覚悟をした、その一瞬後のこと。セッテの身体を凄まじい衝撃が貫いた。肩口に突撃槍が貫通している。エリオのデバイス、ストラーダ。そこから変換された赤い雷が体内に侵入。セッテの身体中を強引に暴れ回り、身体中を破壊して回った。いかに機械工学の最先端『戦闘機人』であると言っても、機械という大きな枠組みの中から逃れることはできない。電撃は磁気にならんで、機械の身体を持つセッテにとって最大の天敵だった。

 それらが全て狙った通りの効果を発揮していたら、ストラーダが直撃した時点でセッテの命は消し飛んでいただろう。幸運にもそうならなかったのは、ストラーダの担い手である彼女が、攻撃を放ったその瞬間に力尽きていたからだ。

 ストラーダを握りしめていた手が離れ、エリオの小さな身体が落下する。受け身も何もない。仰向けで地面に叩きつけられたエリオの身体から、血が流れだしていく。全てセッテが付けた傷、それも一つ一つが重傷だ。この状態で戦闘を続行していたのか不思議なくらいだったが、その不思議もここで尽きてしまった。

 最後の一撃で、勝利を確信したのだろう、血の気を失い、死人同然の顔色をしているエリオの顔は、それまでの自暴自棄とは異なり、穏やかに、年齢相応の少女の様に微笑みを浮かべていた。

「貴女は倒れ、私は立っている。その事実は無視できるものではありませんが、貴女は私の想定を遥かに超えました。この勝負、貴女の勝ちですよ、エリオお嬢様」

 きっと彼女は、自分の人生に満足して死んでいくのだろう。したいこと、やりたいことのある人間は、それらが満たされた時、ただの終わりである死に際して、自分の人生に意味を見出すという。その振り返りすらできずに死ぬ人間も大勢いる。まして、振り返って満足した、と言える人間も、全体として見れば少数だろう。

 その点で、エリオはきっと幸運である。不幸な生まれだ。苦労ばかりの人生だったろう。それでも、エリオの死に顔からは、自らの人生が不幸なものだったとは想像できなかった。彼女の来歴について、詳しく知っていたセッテはエリオの死に顔を見て、自分のことのように嬉しさを感じた。

 セッテの顔に薄い笑みが浮かんだが、それはすぐに引っ込められた。

 感傷に浸るのは人間の特権。機械は自分の仕事をするのみだ。スカリエッティからの最優先命令は、この場所でエリオを無力化すること。その目的が達成された以上、次に優先順位の高い命令を実行する義務がある。

 次に優先すべきは、プロジェクトFの成功体であるエリオの生命を、可能な限り保護すること。エリオは死に瀕している。このまま放っておけば死ぬに違いないが、現時点ではまだ死んでいない。助けられる可能性は限りなく0に近くても、まだ存在している。ならば、諦める訳にはいかないし、何より、セッテ自身、彼女のことを死なせたくないと思っていた。

 穏やかに死んだ人を、たたき起こすことは残酷なことだろうか。少しだけ考えてみたが、止めることにした。機械は機械らしく行動するのみだ。優先すべきはエリオの命であって、この際、それ以外はどうでも良い。

 そのエリオによって、セッテの身体は機能停止寸前まで追い込まれていたが、けが人の少女一人を運ぶくらいはできる。医療室にまで運んで、治療する。それでも完治させられる保証はないし、そもそも、そこまでたどり着けるかも解らない。

 管理局との戦闘は今も続いている。エリオと一緒にやってきた高町美由希はトーレが受け持ってくれた。予定では、フェイト・テスタロッサを、主であるスカリエッティが受け持つことになっているが、外敵はそれだけではない。彼女らの他にも、シャッハ・ヌエラが率いる教会騎士団の精鋭が、基地内に侵入している。

 スカリエッティにしても、セッテにしても彼女たちは全くもって必要ない。エリオたちを奥に通すため、適当に配置されたガジェットの相手をし、誘導用の間違った道を行っているはずだが、負ける予定のないセッテが負けてしまったように、状況は刻々と変化している。

 絶対に遭遇しないとはセッテでも言えない。現状、スカリエッティもウーノも手が離せないため、支援を受けることができない。自分で考えて判断しなければならないのだ。支援が必要な時に受けられないとは、機械の身体で何とも皮肉な話である。

 できるだけ、目立たぬように。それがセッテの望むところだったが、この身体の具合では、それも怪しい。まずはエリオを安全な場所まで運ぶことだ。そのためにはまず、エリオたちと遭遇した場所まで戻らなければならない。

 まさかその辺りに教会騎士はいないだろうが、早く動くに越したことはない。突撃槍が直撃した左半身は全く動かず。そも、セッテ本人も意識を失いそうなほどの重体だったが、そこは機人とクローンとは言え人間の違いである。まだまだ動けると自分を誤魔化しながら、セッテはエリオを肩に担いだ。

『お手数をおかけします』
「お気になさらず。私が好きでやっていることですから」

 好き、という言葉も、非常に論理的ではない。思えば、命令の一環であるとは言え、初めて自分で何かをすることを決めた気がする。セッテはどうしても、この赤毛の少女のことを助けたかったのだ。

 一歩、一歩。怪我人を担いでセッテは歩く。これでセッテも人間であったら揃ってあの場で死んでいただろう。機械として生まれたセッテは初めて、自分の頑丈な身体に感謝した。セッテにすればとてつもない時間をかけて、通路の合流地点についた時、向こう側からも歩いてくる影が見えた。

「セッテか?」
「トーレですか……」

 誰よりも戦闘そのものを渇望していた姉は、しかし満身創痍の様子で高町美由希に肩を借りていた。対する美由希も血まみれだが、こちらはまだトーレよりも余裕があるようである。その美由希の目が、セッテの担ぐエリオに向いた。赤毛の少女は、美由希やトーレほどに余裕はない。

 それは美由希にも一瞬で察せられたのだろう。肩を貸していたトーレを突き飛ばして、全力で駆けてくる。

「戦闘が終わってどれくらい?」
「五分程度です。治せますか?」
「厳しいかな。私と貴女たち全員の霊力を使ってもギリギリかも……」
「エリオお嬢様が助かるのであれば、私の命など如何様にもお使いください」
「……妹が命をかけるのに、私がかけない訳にもいかんな。好きに使ってくれ。多少の加減はしてくれると助かるが」
「ありがと。大事に使わせてもらうよ」

 言って、美由希は右の小太刀を引き抜いた。人差し指を支点に回転させ、切っ先を下に向けて地面に落とす。その小太刀は地面に吸い込まれた。トーレとセッテが目を剥いていると、更に目を剥くことが起きる。小太刀が吸い込まれた床から、金髪の女性が現れたからだ。

「神道破魔、霊剣十六夜。まかり越しました」
「十六夜。まだ間に合う?」
「難しい状況です。エリオ様の生命力次第かと」
「それなら大丈夫かな。あの恭也の見つけてきた娘だから、生き汚いに決まってるよ」
「だと良いのですが……」

 治療を担当する十六夜の目から見ても、エリオの状態は芳しくない。それなら医療室までとセッテは持ったが、いずれにしても応急処置ができる者がいるならば、それを使わざるを得ない。医術の実践に関しては素人であるセッテの目から見ても、エリオは十分過ぎる程に危機的状況だ。使える手があるのならば、それに越したことはない。

 十六夜は美由希の肩に手を置き、次いでエリオの手を握る。ぼんやりと、三人を光が包んだ。機人であるセッテの目には、美由希から十六夜を介して、エリオに魔力が注がれているのが見えた。ミッド式でもベルカ式でもない。セッテの『記憶』にもない、正体不明の魔術式であるが、それが回復魔法の一種であることは、急速にエリオの傷がふさがれていることからも見て取れた。

 美由希本人に、回復魔法を使うような技術はない……はずである。にも関わらず、回復魔法は発動している。美由希の魔力――本人は霊力と呼んでいたが――を受け取った十六夜が回復魔法に変換し、それをエリオに対して使っている。目の前で起こっているのは、おそらくそういうことだろう。

 無理矢理管理世界の減少に当てはめるならば、回復魔法の魔力変換資質とでも言うべきだろうか。エリオが術式を仲介せずに魔力を直接雷に変換できるように、美由希は十六夜を通すことで、自身の魔力を回復魔法へと変換している。

 言葉にすればそれだけのことだが、それは管理世界で魔法に関わったことのある者には驚天動地のことだった。変換資質を持つ人間というのはそれほど珍しいものではないが、それはエリオの雷やシグナムの炎など、魔法魔術的に分かりやすい、使いやすい属性に偏っている。

 そも、術式そのものの変換資質など、セッテが知る限りでは一つも存在していない。十六夜という女性を仲介する必要こそあるが、これはそのための魔力さえ用意することができれば、魔導師たる資質を持っていない人間でも
魔法を行使できる技術が、この世には既に存在するという証明でもあった。

 ただこの方法であるが、セッテの目で見る限り恐ろしく効率が悪い。回復魔法を使うのに一々他人を仲介しているせいもあるのだろう。同じ効果を管理局の医療魔法使いが出す場合と比較すると、三倍くらい魔力のロスがある。

 いかに恭也・テスタロッサの同僚とは言え、トーレと激戦を繰り広げた後である。可能ならば自分1人でと思っていた美由希だったが、早々にガス欠になり、トーレにバトンを渡す。得体のしれない十六夜の手を、流石のトーレも取ることを躊躇ったが、エリオを活かすという使命があるのは、彼女も同じである。

 自分の主義主張のためにスカリエッティを裏切る方に、大分気持ちが傾いていたトーレだが、使命を守るという気持ちはまだ心に残っていた。

 トーレが手を握ると、十六夜は容赦なく彼女から霊力を搾り取った。身体の大部分が機械であっても、生命には違いない。十六夜――引いては美由希たちが使っている術式の根幹にあるのは『霊力は万物に存在する』という解釈である。機械の身体である自分が、よく解らない存在に魔力を吸い上げられている。この現実を不思議に思いながらも、トーレは襲い来る虚脱感と戦っていた。少し気を抜くだけで気絶しそうである。何しろ機械の身体だ。タフさには自信があったのだが、その自信が打ち砕かれつつあった。

「できればもう少し加減してくれると嬉しいのだが」
「人間より頑丈なのでしょう? 少しは我慢なさい」

 トーレの苦言に十六夜は振り返りもしない。こいつは私を殺す気なのだろうか、と勘繰りもするが、その疑心暗鬼の甲斐もあってか、エリオの傷はみるみる内に塞がれていく。その治療が終わる頃には、美由希とトーレ、セッテの霊力はほとんどすっからかんになっていた。

「これで峠は越えました。しかし油断はできません。あくまで応急処置をしただけです。血は失われていますし、激しい動きをすればすぐに傷が開きます。今すぐにでも専門の医療機関に運んだ方が良いでしょう」
「それじゃあ、残念だけど私たちはここで撤退かな」

 よいしょ、と美由希はエリオを背負う。霊力を根こそぎ持っていかれ負傷もしているが、それでもまだ足取りはしっかりしている。普段から、地上の陸士たちが本気で逃げ出すようなハードな訓練をしている訳ではないのだ。

「フェイトお嬢様の援護に行かなくて良いのか?」
「この状態じゃ、全く戦力にならないだろうからね。教会騎士団もいるみたいだし、大丈夫じゃないかな、多分……」
「しかし、ドクターは準備万端で待ち構えているはずですが……」

 詳細な計画は聞いていないが、聞いた話を総合すると奥で待っている方のスカリエッティは自爆覚悟のはずであり、現在最先端の技術を惜しみもなく突っ込んでいるはずである。彼本人に戦闘能力はないはずだが、その技術力は初見、短時間であれば管理局のエース級の魔導師にも伍するはずである。

 そしてこういう戦闘で実力が拮抗するということは、明確な命の危険を意味する。死にかけたエリオが良い例だろう。助けにはなれないと解っていても、できる限りどうにかする。それが人間の感情というものではないのかとセッテの拳には人知れずに力が籠っていた。

 それこそが感情の発露であるのだが、セッテ本人はそれに気づいていない。何をするでもなく二人のやり取りを眺めていたトーレは、一番下の妹の静かながら過激な反応に、心中だけで笑みを浮かべていた。人と機械の理想的な融合があるとすれば、担い手が無感動無関心では意味がない。

 人らしくそして機械らしくあって初めて、人と機械の融合足りえるのだ。そういう意味では自分の欲望に忠実に動くクアットロこそ、スカリエッティの因子を受け継いだ、まさに理想の戦闘機人と言えるのだろうが、明確に違う方向性を持っているトーレにとって、それはどうでも良いことだった。

 姉妹としてのシンパシーはあるが、目指す所ははっきりと異なる。同じ因子を受け継いでいるはずなのに、ここまで違うのかと不思議に思うこともあるがともあれ、激情を持つことは、そして誰かに執着できるというのは良いことだ。

 そういう執着心が粘りを生み、次へと繋がる。全てが機械的ではモチベーションも何もない。あの男に勝ちたい、誰よりも強くなりたい。そういう欲望があって初めて、トーレは今のトーレたりえた。結局、あの男に勝つどころかその仲間に負けてしまったが、想像していた程の後悔はない。次の自分はきっと、今よりもっと強くなっているだろうと確信が持てるからだ。
 
 トーレの当座の目標であるところの美由希は、入り口に向かって歩みを進めながら、振り返りもせずに答える。

「これでも心配はしてるよ? 行っても邪魔にしかならないから、距離を置こうとしてるだけ、回復できるなら今すぐにでも飛んで行きたいって思ってることは、もしかして説明しないと解らないかな」

 美由希は笑みを崩していないが、視線を向けられた瞬間、セッテは一歩後退った。不可視の圧力を感じる。これを殺気というのだろうか。クアットロなどは独自の修練の末にこれを感じ取れるようになったというが、強烈なそれになると、特別な訓練を受けなくても感じ取れるものらしい。

 ともかく、貴重な体験をしたことで美由希が怒りを覚えていることは解った。エリオの同僚である。不快にさせる意図はなかったセッテは、素直に頭を下げた。

「…………で過ぎたことを申しました。
「いいの、いいの。それだけフェイトのことを大事に思ってくれてるってことだしね。当面、貴女にはエリオのことを考えてほしいかな。せっかく助かる目が見えてきたんだし、きちんと助けてあげたい」
「解りました。戦闘機人セッテ、時空管理局に投降します。如何様にもお使いください」
「ありがとう。とりあえず、身体を支えてくれるかな。まだまだ体力には自信があるんだけど、エリオ落としちゃいそうなんだ」
「了解です」

 セッテは頷き、美由希の歩みを支える。フェイトの援護に行かない以上、後はアジトを脱出エリオを安全な場所に送り届けるのみ。迷うことなどないはずだが、歩みを進めた美由希の足はすぐに止まってしまった。

 何もない床に厳しい視線を送っている。そこに何かあるのだろうか。セッテも視線を送るが、特にレーダーには反応がない。美由希を含め、特共研の面々は気配の察知に優れていると聞いている。レーダーに察知できないようなものを先に察知することもありえないことではないが、感性的には人間よりも機械に近いセッテに、その事実は俄かには信じられないことだった。だが、

「あら?」

 美由希が見ていたまさにその場所に、二人の人間が床から湧き出るようにして現れた。そこまできて漸くセッテの感覚にも反応が出るようになる。本当に最新鋭のレーダーよりも感度が高いのか、と美由希に心からの尊敬の念を向けつつ、セッテは地面から湧き出てきた二人に視線を向けた。

 美由希は強い警戒の念を向けるが、セッテとトーレは二人とも見覚えがあった。大丈夫ですよ、と美由希に声をかけると、彼女は漸く力を抜いた。もっとも、美由希にとってここは敵地である。今は協力関係にあるとは言え、さっきまで敵対していた、しかも人間でない者に安心してくれと言われても、安心できるものではないだろうが、言わないよりはマシだろうと忠告する。

 それで納得した様子の美由希は、しかしストレージデバイスを操作した。美由希本人も、背の小さい方にはぼんやりと見覚えがある。過去の戦況の解析から、どうも無機物に潜れるという中々レアなスキルを持つということで特共研からも危険指定された戦闘機人セインである。

 もう片方は、紫色の髪をした、バリアジャケットに身を包んだ魔導師である。ストレージデバイスが、勝手に身元を識別したところによれば、彼女の名前はメガーヌ・アルピーノ。数年前の戦いで行方不明になった、グランガイツ隊の――という情報がつらつらと表示されるが、年齢の割に可愛らしく小首をかしげる仕草に、美由希は直感した。そもそも、彼女と姓が同じであるのだから、そこから連想されるのは――

「もしかして、ルーテシアの?」
「私の娘です。貴女のことは知っていますよ。高町美由希さん。恭也くんの同僚だとか」
「ええ。その様子だと、死んでないことは知ってる見たいですけど」
「あの人は私の知っている中で、一番生き汚い人ですから……」

 殺したくらいでは死にません、と微笑み、美由希の後ろに背負われたエリオに視線を送る。相変わらず死人のような顔色であるが、まだ危険の最中にあるものの、峠を越えたことは察したらしい。小さく息を吐くと、メガーヌは美由希に申し出た。

「それ程の腕ではありませんが、回復魔法の心得があります。道中、私が回復魔法をかけ、安全な場所まで行ったら、転移魔法でクラナガンまで戻りましょう」
「助かりますけど……貴女はどういう事情で今ここに? 一応、監禁生活だったと聞いてますが」
「機を見て脱出してきました。こちらのセインと一緒に」

 機を見て脱出できるようであれば、今までだってそういう機会はいくらでもあっただろう。ここまで長い期間無事に一緒だったことを考えれば、スカリエッティの活動に手を貸していたことは想像に難くない。それが事実である証拠はどこにもないが、少なくとも捜査当局はそう考える。

 美由希自身、メガーヌ個人の処遇に特に思うところはないが、彼女はルーテシアの母親で、彼女とは知らない仲ではない。恭也が面倒を見ている少女の例に漏れず、ルーテシアも特殊な境遇である。愛情を注いでくれる母親が無事であるのなら再会させて上げたいのだが、現状、メガーヌの立場は非常にデリケートなものだ。

 ともあれ、今はそれを気にしても仕方がない。戦後の処遇は戦後になってから考えるのでも大丈夫だろう。ここまでの経緯はどうあれ、彼女は自力で脱出してきた。敵対する理由がないのならば、味方であると美由希は雑に考えることにした。

「道中大変だったでしょう?」
「そうでもありませんよ。途中で教会騎士の一団と顔を合わせましたが、事情を話したら快く送り出してくれました。シスターのシャッハ・ヌエラさん。お知り合いですか?」
「恭也と一緒に、何度か一緒に訓練をしたことがありますが……」
「それなら良かった。恭也くんなら、女性相手に良くとりなしてくれそうですし」

 気軽に物を言う。その口調からはあまり物を考えていないように聞こえたが、美由希はメガーヌが自分の処遇に対して何か手を打っているのだと直感した。恭也のことを恭也くんとか呼ぶ訳である。この女性も、飛んだ食わせ物だ。

「一応、教会騎士との経緯を伺っても?」
「本当に大した話ではないのですけど、道中暇そうですしね。良いですよ。お話ししましょう」


























 管理局と聖王教会騎士団の合同戦力がアジトに突入し、管理世界の今後を決する重要な戦いが行われている最中のことである。スカりエッティ一味による公開意見陳述会襲撃の際にも、重要な役割を果たしたメガーヌ・アルピーノは、そんな戦いを余所にセインと共にひっそりとアジトを脱出しようとしていた。

 同道するセインは既に、他の幾人かの姉妹と同じように、自由に生きることを決めている。メガーヌの護衛という名目でアジトに残ったセインは、その役割の都合上、造物主であるスカリエッティから直接、暇を出されていたのだ。

 やってみたいと思っていたことは山ほどあるが、まずは無事に脱出しなければどうしようもない。自分1人であれば『ディープダイバー』でさっさと逃げることもできるのだが、同行者がいると勝手が違う。

 それに『ディープダイバー』は無機物に潜るだけの能力である。それ故に横の移動はそれ程苦ではないのだが、縦の移動には苦労が伴う。悪の秘密組織のアジトだけあって、基地は横ではなく縦に広がっているのだ。

 本来であればメガーヌ得意の転移魔法で脱出など簡単なことだったのだが、悪の一味のアジトだけあって転移魔法対策は万全であり、アジトの中から外に行くにも、転移魔法を使うことはできない。結局のところ、自分の足で歩いて出るしかないのだが、こんなことならもっと早くに出ておくのだったと、メガーヌは後悔していた。

 自分の足で歩くよりは早かろうというセインの提案に乗り、彼女のIS『ディープダイバー』によって壁も床も無視して移動。これで地上はもうすぐだという段になって、メガーヌたちが浮上したのは教会騎士団の進路のど真ん中だった。

 目視はされていなかったが、彼らも精鋭である。床を抜いていきなり出現した気配に、誰何の声をかけてくる。これを無視しても良かったが、困ったことに一度補足されている。こちらがどこの誰とはまさか判明してなどいるまいが、今後のことを考えると逃げるのは具合が悪い。

 それでもセインは逃げようとメガーヌをせっついてきたが、メガーヌは逆に覚悟を固めた。騎士団に事情を話して、普通に歩いて出ようというのである。

「私は聖王教会所属。シスターのシャッハ・ヌエラ。この部隊の指揮権を預かっています。名前と所属を伺っても?」
「時空管理局地上本部、クラナガン首都防衛隊、グランガイツ隊所属、メガーヌ・アルピーノです。照会を」
「照合します…………数年前の事件で行方不明となっています。メガーヌ・アルピーノ本人に違いありませんか?」
「違いありません。長いこと監禁生活を送っていましたが、こちらのセインの協力で脱出できました。現在は脱出行の途中です」
「そうですか。では、こちらから人を付けましょう。監禁生活をしていたのならば猶更、見過ごしてはいけない」

 シャッハの指示で、部隊の後ろの方にいた騎士が三名歩み出てくる。部隊の中では若い方に見えたが、一目で精鋭と解る。おそらくはAA。最低でもAランクはあるだろう。それでもメガーヌとセインを相手に三人では力不足であるが、お互いに実績を作るには十分である。

 騎士団からすれば、メガーヌの素性は定かではない。この場で拘束し、地上に移送するのが最善ではあるが今は他にすることがある。人員を極力割かずにと考えた上で、メガーヌたちに割ける最大の人数が三人なのだ。普通に護送されるならばよし、これを拒むのであれば偽物、反逆者として相対するという雑な方法である。

 そしてこの提案そのものを拒めば、時間はない。この場で敵対し無力化すると、シャッハの視線は言っていた。シスターの身で騎士団の指揮権を預かっている彼女が相当な実力者であることは想像に難くないし、そも、メガーヌは、シャッハ・ヌエラという名前に聞き覚えがあった。

 グラシア枢機卿の孫、管理局にも籍のあるカリム・グラシア准将の秘書にして専属護衛官である。一応、彼女も管理局に籍を持っていたはずだが――そうでないと、管理局にいる時のカリムを警護しにくいのだ――騎士団を率いている手前、教会としての身分を明かした。

 大人しく拘束されるのが、大人の対応というものなのだろう。メガーヌ自身、その結末に異論はなかったが、ここで騎士の人員を割くということは、彼らの身の安全がそれだけ保障されなくなるということだ。スカリエッティと長いこと懇ろな関係ではあったものの、メガーヌも腐っても管理局員だ。建前上は、地上の平和のために戦っている彼らの危険を、増やすことは忍びない。

 考えたのは僅かに数秒。メガーヌが出した答えは、騎士たちにとって意外なものだった。

「お気遣いなく。私は強いので、護衛は不要です」

 これには、騎士たちの目も点になる。童話のお姫様が、拳一つでドラゴンを倒してしまったかのような意外さだが、それが実在の人間として目の前にいる以上、笑い話として済ませることはできない。すわ敵対かと色めき立つ騎士たちを余所に、メガーヌは予告なく魔法を行使した。

「時間もありませんので、手っ取り早くそれを証明しましょう」

 警告を受けている最中の魔法の行使は、事実上の敵対行動だが、シャッハを含め騎士たち全員の行動は僅かに遅れた。騎士たちの多くは、ベルカの騎士らしく近接戦闘を専門としている。準備に時間のかかる召喚魔法の使い手とこれだけ近くにいるのだ。普通であれば彼らにとっては召喚師などカモでしかなかったのだが、メガーヌ・アルピーノは当時をしても一流の召喚師であり、近年までずっと科学の最先端を行くスカリエッティと行動を共にしてきた。

 その動作に余分なものは一切ない。AMFを搭載したガジェットドローンを相手に、召喚までに時間がかかるとうハンデを背負ってどれだけ戦うことができるのか、時間をかけて試行錯誤を繰り返した。短縮と圧縮を繰り返した高速の詠唱とデバイス処理の併用は、魔導師としてもはや芸術の域に達していた。

 それを召喚するまでにかかった時間は、普通の召喚師の実に十分の一。シャッハたちの行動が遅れた、その一泊でメガーヌの召喚は完成した。

 黒い霞が、メガーヌの周囲に召喚される。黒々とした闇がいきなり現れたように見えるが、よくよく観察してみるとその黒が小さな黒の集合体であることが解る。耳障りな音は羽音である。まさかこれは虫なのか。僅かな時間観察し、どう対応するべきか迷った騎士たちの中に、一人、メガーヌが召喚したモノが何であるのか、正確に見抜いた者がいた。

「ベルゼビュートだ! 下がって! 下がれ!!」

 年配の騎士の血相を変えて仲間に向かって叫ぶ。シャッハたちはその騎士の『ベルゼビュート』という単語を聞いて、同じく血相を変えてメガーヌから距離を取った。ついでに言えば、メガーヌから見ると仲間であるはずのセインも、巻き込まれてはかなわないと距離を取っている。

『ベルゼビュート』

 特級危険指定魔法生物として知られており、分類としては人に危害を加えるようになった真龍などと同程度の危険度とされている。基本的には人間を襲ったりはしないのだが、一度暴れ出すと手を付けられず、捕食を繰り返しては増殖し、再現なく増え続ける性質を持っている。

 この生物の恐ろしいところは、群体で行動し、食欲旺盛に魔力と、それを持つ生物に食らいつくという点である。この性質のため魔力攻撃がほとんど効かず、また防御魔法やバリアジャケットすら物量に任せて貫通してくるため、討伐のためには専用の装備を持った専門の魔導士が必要となる。

 近年、研究開発の努力によってようやく従来の魔力を使わず、かつ戦闘能力の高いドローンの技術が注目され始め、安心安全に討伐できるようになったが、今現在、教会騎士たちにとってベルゼビュートが強敵であることに変わりはない。

 それは魔導師と戦って強いことの証明にはなるが、このアジトの主力はベルゼビュートの天敵とも言えるガジェットドローンであり、しかも最先端の技術力を惜しみなく盛り込んだ、現代の魔導師にとっての天敵である。そんな中を、まだ安全の確認できていない戦闘機人と共に二人で行かせるなど正気の沙汰ではない。

 第一、長時間監禁されていた管理局の魔導師が、同じ組織でないとは言え、教会騎士の同行を拒むというのがそもそも怪しいのである。メガーヌの提案はシャッハにとって到底承服できないものだったが、眼前の魔導師が類稀な実力を持っていることは、ベルゼビュートの召喚からも事実である。

 行方不明となっているメガーヌ・アルピーノの記載にも、召喚魔法の使い手と書かれていた。特級危険指定生物を魔法で操るレベルとまでは書かれていないが、召喚師としての実力は疑いようがない。

「…………いいでしょう。行ってください」
「シスター!?」

 結局、シャッハは放置という結論を出した。普通に考えればメガーヌはとてつもなく怪しいが、それに関わって今の仕事を疎かにする訳にはいかなかったのである。

 一方、シャッハの答えにメガーヌは少しだけ意外そうな顔をした。もっと粘られると思っていたのである。今の状況はメガーヌにとっては願ったり叶ったりではあるのだが、何か裏がありそうな気がして落ち着かない。

「お気遣い、感謝し足します、シスター」
「礼には及びません。貴女の提案に私は同意した。それを忘れなければ、我々の間には何も問題はありません」
「借りが一つ、ということでよろしいでしょうか?」
「そういうことで構わないでしょう。詳しくは、状況が落ち着いてから。ああ、貴女の連絡先をうかがっても?」
「私自身、状況が不明瞭になりそうなので。地上本部にでも繋ぎを取ってくれれば、おそらく繋がるのではないかと」
「それでは、そのようにします。では、またいずれ」

 話はそれで終わりと、シャッハは騎士たちを連れて道を進んで行く。その背中を見送ってから、メガーヌは基地の詳細な地図データを提供できたことを思い出した。その可能性は、シャッハも気付いていただろうが、提案してこなかった。それは騎士たちも同じである。

 これは借りが一つ二つは増えそうだ、という予感をメガーヌは覚えた。あまり弁が立つ方ではないゼストと直情径行なクイントの代わりに部隊間の折衝をしていたのも、随分昔のことのように思える。これを普段からやっていて、しかも常勝無敗という噂の『本局の魔女』というのは、一体どういう思考をしているのだろうか。

 管理局に務めていた時代、部隊でも度々話題になっていた名前を思い出す。実質的に本局の人と金と物の流れを支配しているあの女性も、恭也の知り合いで深い仲であるという。その助力が得られれば心強いのだが、と考えていると、隣のセインが気まずそうな声音で問いかけてくる。

「ママさん、良かったの? 別に悪そうな人ではなかったし、ついていっても良かったんじゃ」
「そうですね。何となく信用できないという理由から少し反抗してみましたが、結果的には良かったのかもしれません。教会騎士の、比較的善良そうな人間と繋がりを作ることができました。今後の生活に、活かすとしましょうか」
「……まさか、私のことを考えて?」
「これでもママさんですから」

 にこり、とメガーヌは微笑む。元々、セインのことを考えたやったことではないが、戦後機人の姉妹を受け入れることのできる組織は、多いに越したことはない。既に管理局の魑魅魍魎たちは戦後の配分を考えているだろうが、その中には教会勢力も食いこんでいることだろう。

 メガーヌは管理局員であるが、長いことスカリエッティのところにいたという負い目がある。守ってくれる人間もいるだろうが、それなりに疑いの目も向けられるに違いない。貸し借りの関係とは言え、自分たちについて口添えしてくれる人間は、いずれ必要となるものだ。

 記憶にある限りではかのシスター・シャッハはそれなりに重要人物であるし、カリム・グラシアの人格も聞いた話では悪いものではない。彼女ならば、上手いこと立ちまわって、悪くないようにしてくれるだろう。外の状況の詳しいところは解らないが、既にこういう状況になった時点で、スカリエッティの敗北は確定している。戦後のことを考えるのに、遅すぎるということはないはずだ。管理局との力関係を考えると聖王教会の後ろ盾はそう悪いものではない。

 気にするところがあるとすれば、セインのことである。シャッハの前でメガーヌと一緒にいた。ただそれだけのことで、彼女本人に教会が介入する口実を作ってしまった。他の姉妹たちよりもずっと教会に身柄を引き取られる可能性が高くなってしまった訳だが、この悪戯好きの少女が果たして、教会という枠組みに収まってくれるのだろうか。今から心配は尽きないが、今はまずこのアジトから無事に逃げ出すことだ。

 スカリエッティのことである。最後は定番に倣い、アジトは木端微塵に吹き飛ばすことだろう。時間的な猶予はまだまだあるはずだが、いずれ爆破される場所にいて気分が良い訳もない。逃げるが勝ち、とメガーヌはさっさと逃走行動を再開した――







「――と、いう訳です」
「…………それは大変でしたね」

 エリオに回復魔法をかけながらメガーヌの語った話に、美由希は小さくため息を漏らした。戦後分配の話は美由希も聞いている。既にリンディやレティなど、戦後に管理局上層部の椅子に座る予定の人間と、教会を始め有力な団体の間では交渉が始まっているらしい。

 そういう綱引きには全く縁のない美由希だが、既に六課で確保している機人たちを含め、トーレやセッテの安全を確保するためには、どうしても必要なことだと理解している。トーレたちの問題がなくとも、既にスバルとギンガの抱えていた秘密が、一部に知られることになってしまった。その点の根回しも含めて、今上層部では色々な話し合いが行われている。

 メガーヌの行動は、その会合に一定の影響を与えることになるだろう。管理局には残りずらくなるだろうが、教会が手を挙げてくれるならば、彼女は喜んで飛びつくに違いない。

「教会に籍を移すのが目標として、ルーテシアはどうします? 一緒に暮らすんでしょう?」
「あの娘が望んでくれるなら。それに希望が叶ったとしても、私があの娘に合わせますよ。あっちの世界でもお友達はできたでしょうし、今さら環境を変えるのも、あの娘に悪いですから。あの娘はどうですか? 元気にしていますか?」
「元気ですよ。昆虫が大好きって、ちょっと変わったところがありますけど」
「昔の私もそうでした。流石私の娘ですね」
(どうして恭也の知り合いの女性はこう、ちょっとアレな人が多いんだろう……)

 自分がアレの代表格であると自覚しているからこそ、恭也の周囲の女性たちのことが美由希には際立って見えた。メガーヌは嬉しそうに笑っている。長いこと直接会っていない娘との共通点を見つけたことが、溜らなく嬉しいのだ。



















後書き


約一年ぶりの更新です。お読みくださりありがとうございます。
次回はフェイトスカ博士戦、なのはヴィヴィオ戦、首都を防衛してる面々の描写ということになるかと思います。
どこで誰が何をしてるかを書いておかないと忘れそうです。
そしてここで忘れると出番0ということになりかねないので、気を付けてやっていきます。
それでは良いお年を。コミケに行かれる方は健闘をお祈りしています。

2016年12月28日 M2