高町なのはが魔法使いとなってから、約十年の月日が流れている。生まれ持った才能が高かったこともあり、技術が未熟な時は高い魔力でゴリ押し、技術が伴うようになってからは同年代は元より、管理世界全体を見回しても対等以上に戦える敵は少数になった。自分よりも年若い人間に苦戦したことは、今の今まで一度もないと言っても良い。

 それは過信でも何でもなく事実であり、高町なのはは自分を天才の一種であると自覚していた。

 であるからこそ、今目の前に広がっている現実を受け入れるのに、高町なのはは僅かに時間を要した。眼前には自分を凌駕する才能を持った、自分よりも年若い人間がいる。生まれが特殊である。設備の補助もある。こちらはその設備から妨害を受けていて全力全開とはいかない。

 状況は決してフェアとは言えないが、それでも自分を凌駕する人間であると認めるのに何ら問題はない。今この時こそ敵対しているが、心根がまっすぐな少女であることはなのはも良く知っている。戻った時の楽しみができたと湧き上がってきた楽しさを押し込め、痛みを堪えて立ち上がり大きく息を吐く。

 肋骨が一つか二つ折れているようだ。鈍い痛みが続いているが、戦闘続行に支障はないと判断する。レイジングハートを構えると、相手はそれに呼応するように距離を離し、構えた。

 黒をベースにしたスーツに、黒いコートを羽織るバリアジャケットのデザインはおそらく、自分のものをベースにしたのだろう。白と黒。色こそ違うが、装飾の類は良く似ている。使っているのは古代ベルカ式。身内の中ではシグナム辺りが最も近いと言えるだろうが、構えは彼女とかけ離れている。

 右半身の構えは拳を主体をしているが、左手には短い刃物が握られていた。地球、日本ではそれを小太刀と呼ぶ。彼女がパパと呼ぶ男が好んで使うもので、なのはの姉も使用している近接武器の一種だ。彼女が持つのは彼らのものを古代ベルカ式にカスタマイズしたもので、それ自身に物を斬るだけの力はないが、この施設のバックアップがあれば、刃の短さなど何のハンデともせずに何でも切り裂いて見せるだろう。

 現に堅牢で知られるなのはのバリアも、彼女の小太刀によって何度も斬り割かれている。高速戦闘を主体をするその動きは恭也やフェイトの得意とするもので、彼女の動きには大いにその面影があった。

 なのはの手に力が籠る。彼は自分の技術を供与することに、事の他慎重だった。見よう見まねで覚えたというのであれば、まだ可愛げがある。彼も許してくれただろうが、おそらく今の彼女はそうではないはずだ。彼女に罪はない。今の彼女は囚われのお姫様で、そこに彼女の意思が介在する余地はない。

 責めるべき人間は他にいる。それは解っているはずなのだが、恭也・テスタロッサを真似る眼前の少女に対し、なのはは徐々に怒りを募らせていた。

 そうして怒りが積もるほどに、なのはの思考は自分でも驚く程に冷えていく。彼我の戦力差を冷静に分析し、自分の命が尽きる前に眼前の少女と、復讐すべき真の相手と倒すことができるか。戦闘しながら考えているのはそれだけだった。

 『聖王のゆりかご』の補助を受けている彼女は、なのはのバリアですら比較にならない程に堅牢な防御機能を有している。膨大な魔力の補助を受けているそれは、なのはの魔法攻撃で削ってもすぐに再生してしまう。

 普通であれば、他の手段を考えただろう。仲間を待つか準備をしてから出直すか。いずれにしてもこのまま正攻法で戦うのは得策ではないし、普段のなのはであれば別の手段を早急に模索したはずだ。

 しかし、怒りで冷静になった高町なのははこのままで良いと本気で考えた。すぐに再生するということは一時的ではあるがダメージが存在するということだ。ダメージが存在するうちに、ダメージを与えた攻撃を全く同じ場所に重ねることができれば、いずれは防御機能を突破し、術者本人に到達するはずである。

 問題はそれが残存魔力で可能かどうかだ。こっそりと演算を頼んだレイジングハートは、消極的にではあるが肯定と返答した。可能か不可能かで言えば可能である。防御機能を貫通する属性を有するディバイン・ランサーを特定の場所に連発すれば、最終的には彼女にに攻撃を直撃させることができるだろう。

 ただ、それまで身体が持つかは保証できないと。なのはの身体には既にダメージが蓄積しており、ここからさらにダメージを重ねれば、負荷に耐えきれずに最悪死ぬかもしれない。それでも良いのかと問うてくる相棒に、なのはは是非もないと答えた。

 この戦いの元凶は、恭也・テスタロッサの生き方を侮辱した。あのクソメガネに目に物を見せられるならこの命さえいらない。なのはは心の底からそう思っていたし、一緒にゆりかごに踏み込んだヴィータも同じ気持ちであると確信していた。立ち位置が逆であれば、ヴィータも同じ判断をしただろうとも。

 深呼吸をして、覚悟を済ませる。これが最後の戦いになるかもしれない。ここで死ぬかもしれない。しかし、高町なのはに恐怖はなかった。考えているのは、目の前の敵を討ち果たし、その先にいる敵をぶちのめすことだけ。目的のため、志のため、かつて父が振るい、義兄や義姉が振るう小太刀のように研ぎ澄まされ、鋭くなった意識は、ただ前だけを見つめていた。

「我、使命を受けたもうものなり」

 気付けば、知らないはずの言葉をなのはは紡いでいた。魔導士となって十年。共に戦ってきたレイジングハートでさえ知らないその文言はしかし、0と1で構成されているはずの彼女の『心』にも馴染んでいた。ここではないどこかで自分たちではない自分が、強大な敵に立ち向かう時に紡いでいた言葉と意思が、時間と次元の壁を越えてここに宿る。

「契約のもと、その力を解き放ち給え」

 レイジングハートを回転させ、構える。正面に見据えられたヴィヴィオは、なのはの周囲に漂う白い少女の姿を幻視していた。映像記録で見た高町なのはの昔の姿に酷似しているがBJのデザインが細部で異なっているその少女はなのはの周囲をくるくると舞うと、なのはと背中合わせにするように杖を構えた。

 なのはのレイジングハートがまさしく杖という長さであるのに対し、少女が持つのはいかにも少女趣味な安っぽいデザインであるが、それだけに強大な力を手にしたヴィヴィオにさえ、異質な不気味さを感じさせた。遠い遠い遥かな昔、凍った時間すら解き放った本物の魔法少女は、恐れを含んだヴィヴィオの視線に気づくとぱちりとウィンクする。

『風は空に、星は天に。そして、不屈の魂はこの胸に』

 詠唱が重なる。魔力が膨れ上がっていく。機器の向こうで事態を見守っているクアットロの背筋さえ凍らせる程の魔力の渦を、高町なのははしっかりと制御していた。

『この手に魔法を』

 少女の姿が消え、『高町なのは』が一つに重なる。クアットロの想定を遥かに超えた膨大な魔力が、たった一人の魔導士とデバイスによって制御されている。創造主であるスカリエッティがこの光景を見ていたら、これこそまさに生命の揺らぎだと狂喜していたことだろう。

 古代ベルカ、聖王が振るうべきその力、その中心において。管理外世界で生まれ、管理世界にあって『魔王』とも呼ばれた白い魔導士は、心の底から雄たけびをあげた。










我が不屈の心 レイジング・ハート 、力を!』














 それまでが魔力の渦であれば、そこからの攻撃は怒涛だった。

 真龍の防御を抜き、かの巨大生物を撃ち落とした『ディバイン・ランサー』。なのはの使える魔法の中で最も貫通力を持ったそれを『白い魔王』は息を吐く間もないくらいに連発している。無尽蔵の魔力を原資にしているとは言え、カイゼル・ファルベはヴィヴィオという個人を中核に据えて制御されているもので、厳密にはヴィヴィオ本人がこの魔法の本質を理解して制御している訳ではない。

 他に類を見ない程の強固な防御手段であるが、制御を他者に任せる割合が多い故にラグも大きい。普通であれば無視できるレベルの差であるが、相対する高町なのはは管理世界において超一流の魔導士である。その超一流が必倒の一念で持って、一発撃つだけでも血管が切れかねない程の集中力を要する魔法を、連発している。

 1000の壁に1しかダメージを与えられないならば、それを1000発撃てば良い。これ以上ない程の力業であるが、なのはの才能と集中力がそれを可能としていた。こと才能において、ヴィヴィオはなのはを上回っていたかもしれないが、なのはの執念はそれを超えている。

 システムの補助を受け、虹色の壁は修復を続けられるがそれでも、なのはからくわえられる攻撃による損失を埋めることができない。ならば今すぐにでも逃げなければならないが、苛烈な攻撃はヴィヴィオに動くことすら許してくれなかった。ほんの少しでも意識を緩めたら防御を抜かれるという確信が、怒涛の中心にいるヴィヴィオにはあった。

 遅まきながらやってきたガジェットがヴィヴィオの援護をしようとするも、部屋に入ってきた瞬間、なのはのシューターによって撃ち抜かれて沈黙する。無敵の壁を抜くほどの苛烈な攻撃を加えてもなお、他の攻撃をする余裕がまだなのはにはあるのだ。

 壁の欠損が五割を超え、残量が四割を切り、壁の向こうに桃色の光がはっきりと視認できるようになるとヴィヴィオの心を恐怖が支配し始めた。洗脳でもされていれば、機械的に戦うこともできただろうが、身体こそ大人になっているものの、中身は子供のままである。少女らしいメンタルは既に、解りやすい死の危険を前にボロボロだった。非殺傷設定という存在を理解していても、怖いものは怖いのである。

「もうダメ、ほんと無理。もう降参しても良いよね? ね?」
「もうちょ〜っと頑張れません? クアットロとしては後少しくらい、時間稼ぎをお願いしたいんですけど」
「じゃあ自分でやってよ!!!」

 聖王様が涙目でキレたのを聞いて、クアットロはこの辺りが限界だと理解した。魔王の攻撃がヴィヴィオを直撃したとしても、腐っても管理局の魔導士である。死ぬ程苦しい目には合うだろうが、まさか死にはするまい。仮に死んだとしてもクアットロの心も懐も全く痛まないのだが、ここでヴィヴィオが失われると今後の予定に支障が出る可能性がある。

 管理局の白い魔王の前に姿を現すのはリスクが伴うが、まぁ、それでも死にはしないだろう。自分を本気で殺しかねない相手の前に姿を現すには非常に軽い気持ちで、クアットロは戦場のど真ん中に出現した。

「こんにちはぁ、クアットロでーす!」

 流石に思考の埒外だったのだろう。ガジェットドローンと同じように、シューターで攻撃もできたはずなのに、クアットロの登場によってなのはの集中力は僅かに途切れた。

 そしてそれがヴィヴィオの命を救った。攻撃の手が僅かに緩んだ隙を見逃さなかった彼女は、防御の出力を限界まで引き上げると、その間になのはの射線の外に出る。それから華麗に反撃??とはいかなかった。窮地を脱したことで精も根も尽き果てたヴィヴィオは、大人になる魔法すら維持できなくなり、その場で昏倒した。

 対して攻撃対象を失ったなのはは、連発していた魔法を撃ち止めた。次いでクアットロに攻撃、というのが当初のプランであったのだろうが、急な方針変更は負担を無視していた身体に、自分が今の今までどれだけ酷使されていたのかを思い出させた。仇敵を前に、高町なのははがっくりと膝をつく。

 殺しても殺したりない敵が目の前にいるのに、シューター一つも動かすことができない。意識を失いそうになるのを必死につないでいる様子のなのはを前に、クアットロは歩み寄っていく。

「あらあらあらぁ、どうしちゃったんですかぁ? さっきまであんなに元気だったのに、今は見る影もありませんねぇ。私が憎いんでしょう? 殺したいと思ってるんでしょう? それなら起きて戦わないと! 今を逃したら一生、機会はありませんよぉ?」
「クアットロっ!!!」

 怒りに任せて立ち上がったなのはに、クアットロは容赦なく銃を撃ちこむ。一発、二発、三発。普通の人間なら訪れていたはずの三度の死を乗り越えたところで、なのはの魔力は限界を迎えた。バリアジャケットも維持できなくなった彼女は昏倒し、受け身も取れずに仰向けに倒れる。管理局の白い魔王も、魔力が尽きてしまってはただの人間だ。後は頭にでも銃弾を撃ち込んでしまえば、それでおしまい。

 それも面白いかと考えたクアットロだったが、引き金を引く直前に思い留まる。全ては計画のため。その直前まで思考を濁らせてはいけない。何事もセッティングが大事なのだ。ここまで全てが予定通りだ。余計なことをして後々に支障が出ては、今度こそ自分は怒りのあまりに死んでしまう。

「そんな訳でぇ、定番の言葉を言っちゃいます! この女の命が惜しかったら、そこで足を止めてくださいねぇ、ヴィータちゃん?」

 からからと、グラーフ・アイゼンを引きずって現れたヴィータは、クアットロの言葉に足を止める。闘志を超えて明確な殺意の宿った目で倒れたなのはと、それに銃を構えるクアットロを見比べている。ただの銃弾など通常時であれば魔導師に有効なダメージとなりえないが、ここは敵地の只中であり、気を失っているなのははバリアジャケットを維持できない程憔悴している。

 そうなってしまえば『管理局の白い魔王』と言えどもただの人だ。銃弾を喰らえば死ぬし、死んだら生き返ることはできない。親友を人質に取られたことで、ヴィータの殺意は更に増した。肌がひりつく程の殺気に、クアットロは背筋がぞくぞくするほどの快感を覚える。深い傷を負った顔に邪悪な笑みを浮かべたクアットロは、心底不思議という口調で、疑問を口にする。

「なのはちゃんもそうですけど、そんなに私が憎いんですかぁ?」

 呟いたクアットロの顔の真横を、弾丸のような速度でガレキが飛んで行く。壁に当たって粉々になったそれは、ヴィータがグラーフ・アイゼンで撃ちだしたものだ。明確な敵対行為であるが、ヴィータは落ち着いたものである。

「私の警告を聞いてなかったんですかぁ?」
「何も違反してねーだろ。あたしはここで足を止めた」

 悪びれもなく言うヴィータに、クアットロは内心で匙を投げた。この少女はいざとなったら親友の命も顧みずに武器を振るう覚悟を持てる。そうなれば、聖王様が力尽きた自分に勝ち目などないし、ここで敗北するとなればこれからの計画にも支障が出る。まだやらなければならないことがあるのだ。ここで倒れる訳にはいかない……

「それじゃあここで、とっておきのゲストの登場です!」

 自らの不利を悟ったクアットロは、さっさと切り札を出すことにした。クアットロが指さした先、空間モニタが出現する。彼女に言葉に従ってゆりかごのシステムが仕事をすると、そこに映し出されたのは、恭也・テスタロッサの姿だった。地上の被害を少しでも減らすため、地上の職員と協力して東奔西走していた彼は猫の手も借りたい程に忙しく、それがクアットロからの通信であると理解すると何も聞かずに切ろうとしたのだが、先回りしたクアットロがシステムに干渉してそれを防いでしまう。

『何の用だクソメガネ。見ての通り俺は今忙しいんだが、お前のせいで」
「かわいいかわいいクアットロのピンチなので、助けてくれません?」
「お前が招いたピンチだろうに……」

 走る足は止めないまま、恭也はモニタに目を向けた。制服姿で倒れるなのはに、目を回しているヴィヴィオ。なのはに向けて銃を構えているクアットロと、こちらに目を向けて絶句しているヴィータ。四者四様の顔を見て、恭也は状況を理解した。

『……久しぶりだな、ヴィータ。相変わらず小さいな』
「お、おま、お前! なんだ、本物か? 生きてたのか?」
『アースラから伝わってないのか? 見ての通り生きてるよ。後今忙しいから積もる話はまた後に??」
「いや、騙されねえぞクソメガネ! このキョウが本物だってんなら証拠を見せてみろ!」
『ギガうまなアイスを買いたいが、お小遣いを使い果たしたからおごってくれと頼まれたこと13回』

 何故それを! とヴィータの顔が驚愕に染まる。それは自分と恭也だけの秘密である。自分は口が裂けても絶対に漏らしたりしないから、恭也が口を滑らせていない限り自分たちしか知らないはずの事実だ。はやて辺りには察せられているかもしれないがそれでも、回数まで把握しているのは彼だけだろう。

 普段のヴィータであれば、この時点で本物と信じていたが、色々あって今は疑り深くなっている。他にも何か証拠を見せろ! と言いたい顔をしていると察した恭也が、画面の向こうで走りながら考えを巡らせた。

「深夜に八神邸に呼び出された。はやてにもシャムにも見つからないように来いと言われて何事かと思ったら――」
「もういい解った! お前本物だな! 認めてやるから今すぐ黙れ!!」

 こっそりおねしょの始末を三度もさせた事実を、こんな所で暴露されたら死んでも死にきれない。信じがたい事実ではあるが、本当に恭也しか知らない事実を二つも知っているのであれば、信用するしかない。無理やり情報を引きだされたという可能性もなくはないが、彼ならこんなくだらない情報を吐きだす前に死を選ぶだろう。

 今までヴィータを突き動かしていた色々な物が抜けていく。グラーフ・アイゼンを取り落としたヴィータは、その場で仰向けに寝転がった。忌々しいことではあるが、クアットロが味方であるのならばここで戦闘をする理由はない。外ではまだ戦闘が続いているが、少しくらいは休憩しても良いだろう。

 ヴィータ自身はクアットロのことを全く信用していなかったが、恭也が信じたのであればそれは信用するに値する。少なくとも今回の戦闘に関して、彼にとって都合の悪いことにはなるまい。気を抜くとこのまま寝入りそうになるのをどうにか我慢して、気息を整えるだけに済ませておく。

 視界の隅で気絶しているなのはに目を向ける。既にクアットロは彼女から銃をどけていた。管理世界のピンチである。気絶している時間など一秒もないのだが、自然に目覚める気配は全くない。これまで根を詰めて動いていたのだから、少しくらいは寝かせてあげたいと思うが、自分たちの立場がそれを許してくれない。

 それに、なのははまだ恭也の生存を知らない可能性が高い。

 恭也の話から察するに、既に情報を知らされた人間が複数いるようだった。自分となのはは遅れを取った形になる。もしかしたら、恭也生存の情報を知ったのは関係者の中では最後かもしれない。その扱いに思う所がないではないが、戦闘中に余計な情報を入れられて致命傷に繋がっては元も子もない。

 情報というのは適当な場所で公開するできものである。それに相応しくないと上が判断したのならば何ら問題はないのだが、恭也の話し方から、彼が直近で情報を公開するよりも先に彼の生存を知っていた人間が相当数いることをヴィータは察していた。

 シグナムやシャマルは知っていて黙っていたのだろう。八神家の中で他に知っていた可能性があるのはリインくらいか。はやては間違いなく知らされていないだろうが、ザフィーラはどうだろう。他に六課の職員で言えば怪しいのは美由希と、強いて挙げるならばすずかくらいだ。思いついた面々は特にネタバラシをされなくても事情を察せられるはずだ。個人的に――ヴィータ的に言えばリイン以外は非常に如何わしい意味で繋がりの深い面々である。

 その面々だけで情報を共有していても意味がない。クアットロが裏切りここまでの段どりをつけていたのであれば、管理局の上層部。引いてはハラオウン派の上層部及び、それに連動して動ける連中には事情が知らされている可能性が高い。

 だが自分がその立場であれば、と考えてヴィータはティアナに思考を向けた。事情を知らずに暴走する危険のある人間をそれとなくコントロールする必要がある。新人たちの中でその役目を誰に押し付けるかとなれば、ティアナ以外に考えられなかった。

 彼女も恭也が『死んだ』ことで意気消沈していたが、そんな時だからこそ周囲を支えねばという使命感で動いていた。キャロと並んで心根の強い少女であると思う。そんな少女が仲間にいる幸運を、ヴィータは素直に運命に感謝した。

 さて、とヴィータは腰を上げた。クソメガネと一緒に空間にいるのは忌々しいが、段取りが済んでいるのであればそれなりの態度を続けるのだろう。個人的にはそうでない方が望ましいが、恭也が生きていた以上私怨をぶつける相手はいなくなってしまった。直情径行ではあるがヴィータも騎士であり、その忠義ははやてに向かっている。はやてが管理局の魔導士として活動している以上、ヴィータもその倫理に沿って行動しなければならない。

 休憩終了。心機一転したことだし、とりあえずなのはを起こすところから始めよう。戦闘の影響か絶不調のようだが構いはしない。今のなのはに恭也の生死以上に大事なことなどあるはずもないし、生きているとしればとても喜んでくれるだろう。

 ヴィータは今この喜びと、別のもう一つの感情を共有したかった。恭也が死んでいたからこそ許されただろう言動や行動の数々を思い出すに至り、今この時でも顔から火が出る程恥ずかしかった。行動や言動の痛さではなのはも同程度のものだったと記憶している。蘇生すれば同じ羞恥心を味わってくれる仲間の誕生を、ヴィータは待ち望んでいた。

「止めねえよな? レイジングハート」
『まさか。それよりも、よろしければ協力しましょうか? 心肺蘇生用の機能を使えば一瞬で蘇生すると思いますが』

 レイジングハートの提案に、ヴィータは声を挙げて笑った。インテリジェントデバイスには付属していることのある機能であり、地球で言えばAEDのようなものであるのだが、どういう訳か地球のそれよりも遥かに『痛い』ことで知られており、魔導士たちの間でも評判がよろしくない。

 ただこの機能は安全のため、インテリジェントデバイス単体では持ち主が命の危機に瀕している場合しか使うことができない。それ以外の場合はあらかじめ持ち主が許可を出している場合か、デバイスに友軍として登録されている魔導士の許可が必要となる。よろしければとレイジングハートが聞いてきたということは、事前許可は出ていないのだろう。

 なのはの痛みは自分の胸三寸である。神妙な面持ちでヴィータは思考する――ふりをして、実にあっさりと許可を出した。

 ゆりかごに、なのはの悲鳴が響き渡った。