「私もね、一応使命感に燃えて出撃した訳よ」
「私もそうだよー」
「そうよね。その為に日々訓練してたんだもの。でもさ、終わりよければ全てよしとは言うけどさ。こう、ここまで一方的に何かをされちゃうと、私って必要なのかなって思う訳ね」
「ごめんね、うちのギン姉が」
「まぁ、私たちの誰が悪いって訳でもないんだけどさ……」

 愚痴っぽいティアナの視線の先では、相棒であるスバルの姉ギンガ・ナカジマが一人でガジェットの群れと戦っていた。そう、たった一人でだ。AMFは相変わらず全ての魔導士の魔法行使を阻害していたが、そんな中を縦横無尽に動き回るギンガはほとんど魔法を使わずにガジェットを破壊していた。

 魔導士である身からすると目を疑うような光景であるが恐ろしいことに事実である。移動の補助にブリッツキャリバーこそ使っているものの、ギンガが自分以外の存在の補助を受けているのはそれだけだった。高速で移動し敵の攻撃を完璧に避け、敵に交錯し、そして破壊する。全ての動作に一切の無駄がない。まるで次に何が起こるのかを予見しているかのようなギンガの働きに、一応チームを組まされたティアナたちはすることがなくなっていた。

 最初はギンガに協力して事に当たっていたのだが、三人でやるよりも明らかにギンガ一人でやった方が早いことが大分初期の段階で分かってしまったため、現在は周囲の警戒と通信をやるに留めている。アースラのグリフィスもギンガが魔法も使わずに一人で無双しているとありのままを伝えたら絶句していたが、事実なのだから仕方がない。

 今でこそ無双しているが出撃した時のギンガは死人同然であり、連れて行くことにさえ不安を覚えるような有様だった。今が有事であることを考慮しても連れていくのは不安が残る。しかし、放置していると首でも吊りかねない雰囲気からまだ連れて行く方がマシと判断して連れ出したのだ。

 長年の訓練はこういう時にどうするかということを身体に染みつかせている。それでも不安は残ったが、今はどこも猫の手も借りたい状況だ。死人同然のギンガであっても戦力に違いはなく、最前線で戦う機動六課に戦力を遊ばせておく余裕はない。

 不安と共にクラナガンに降りガジェットたちと戦い始めてた所で、恭也から自身の生存を告げる通信が来た。

 ティアナは事前に知らされていたことだが、全く知らなかったナカジマ姉妹はそうではない。スバルはそれに驚きと喜びの声を挙げ――その横で、ギンガは劇的に復活した。空間モニタを食い入るように見つめるギンガの瞳が段々と金色に染まっていく。見間違い、一時的なものかと思ったが、無言で涙を流すギンガの瞳が元に戻る気配はない。

 スバルの肩をつついてそれを知らせるとスバルを目をむいていた。特殊な事情の姉妹であるが、かつてこうなったことはないらしい。ティアナもスバルとは訓練校からの付き合いであるが、スバルがこうなったことは一度も見たことがない。ギンガだけの特殊な性質なのだろうか。考えていた矢先にガジェットが現れた――とティアナが認識するよりも早く、ギンガは動き出していた。

 行動全てに一本の筋が通っているとでも言うのか。武器を持たずに戦うSAの使い手であるギンガやスバルは特に、動きの無駄をそぎ落とすことに鍛錬の大部分を割いていたが、その時点からのギンガの踏み込みはティアナの目から見ても芸術だった。

 現れたガジェットに肉薄すると、すれ違い様に拳を叩き込む。魔力も籠っていない純粋な打撃。そのはずだが、それだけでガジェットは煙を上げて沈黙した。嘘っ!? と声をあげたスバルを誰が責められるだろうか。同門で妹であるはずのスバルでさえ目を疑うような光景を、ギンガは続ける。

 死角からの攻撃を避け、銃弾の雨の中を進み、ガジェットと交錯する度にそれを廃棄物に変えていく。言葉にすればそれだけのことだが、その手順の内どれか一つを失敗しただけでも致命傷だ。ついでに言えばAMFは常に発生している状態であり、それだけでも魔導士にとっては不利な環境である。

 ギンガはそれを物ともせずに戦っている。不利を感じていないはずはないのだが、傍から見ているティアナにも危なげは感じられない。この金目のギンガにとって、ガジェットと戦う程度のことは単なる作業なのだ。

「この一帯はこれで終わりね」

 ティアナたちが特に何をすることもなく、十数体いたガジェットはギンガ一人で破壊されてしまった。大仕事にも疲れた様子はない。六課が襲撃された際、不完全に技を発動させた際に破損した腕はそのままだ。知人が隻腕でいることにティアナも良心が刺激されるが、先のような一人無双を見せられてしまうとそんな気持ちも萎んでしまう。

 元より彼女の方が強くはあったが、一皮剥けたギンガは更に上のステップへと踏み込んでしまったらしい。

「ギン姉。その目どうなの?」

 スバルの声にも恐れがある。一時間前まで自殺しそうな雰囲気の姉の目がいきなりきんきらきんになり、突然ガジェット無双を始めたとなれば恐れもする。分類としては良い変化ではあるのだろう。それはスバルにも解っているものの、妹として聞かない訳にはいかなかった。

「どうって……そうね。悪くないわ。今まで見えなかったものが見えるようになったの。身体も調子が良いのよ」

 言葉だけを聞けば明らかに危ない人の発言である。スバルの表情にげんなりしなものが混ざるが、ギンガはそれに気づかずに言葉を続ける。

「周囲がこれからどう動くのか、自分がこれからどう動きべきなのか。それが感覚的に解るようになった、というのが近いのかも。それを魔法というか、能力として使っているような……」
「ISみたいってこと?」
「それが一番近い気がするわね。魔力を消費している感じがないし」
「常時それならもう無敵じゃないですか……」
「そうでもないわ。自分ではどうしようもない相手が出てきたら、やっぱりどうしようもないでしょうし」

 例えば高速で動く相手ならば、今のギンガであれば補足することができるだろう。高速戦闘を得意とする魔導士は管理局にも大勢おり、六課で言えば恭也やフェイトがそれに当たる。彼らは足の速さにのみ特化しており、補足することさえできればと思われがちだが、新興の魔術体系を使っている恭也は別にして、既存のミッド式やベルカ式を使っている魔導士は、その限りではない。

 何故なら速度に全てを振っている魔導士など管理世界には存在しないからだ。速さというのは相手よりも先に攻撃を叩き込むための手段であり、速さの物理の補助を受けた魔導士の攻撃はそれが高位であればあるほど威力を増していく。

 技術でも経験でも魔力量でもフェイトに劣るギンガでは、仮に高速で動く彼女を補足することができたとしてもそこから後に続かなかった。高い防御力を誇る魔導士を相手にする時には言うに及ばず、如何に相手の防御を抜くかというのは、魔導士ならば一度はぶつかる問題である。だが、今のギンガは――

「でも、今の私なら防御を抜ける気がするの」

 たん、とギンガが体を震わせ、足踏みをした。瞬間、轟音を立てて横の壁が砕け散った。拳を振るい、壁を破壊した。それは解るのだが、目を離さなかったティアナにも拳は見えなかったし、飛び散った破片の細かさが尋常ではない。

 それが恭也・テスタロッサの言う『徹』という技術なのは理解できた。あれは身体的な技術として振動を対象に伝えるというものであり、恭也がやるとバリアジャケットの防御も衝撃が貫通する。流石にそこまでの域に達するには長年の修練が必要とのことだが、恭也の率いるブレイド分隊は三人中二人がこの技術を持っているのだから始末に負えない。

 SAの使い手としてギンガもこの技術の習得に長年時間を割いていたというが、たまに成功したという話を聞いただけで習得したという域には至っていなかったはずだ。それが今では、ティアナの目には使いこなしているように見える。呆然としているティアナに、ギンガはガレキを放り投げると足刀一閃。直撃を受けたガレキはやはり粉々になった。

「多分、頭突きとか体当たりでもできると思うわ。どうやって組み込んでいくのか、鍛錬が必要だけど」

 ぶつぶつと呟きながらうつむくギンガは、かの『元金髪ツインテール』をいかにかっこよく打ち倒すかを考えているようだった。不遇な生まれを克服し執務官となったフェイトのサクセスストーリーは若手の間では有名で、その容姿もあって憧れている人間も多い。

 ティアナもスバルもその一人であり同世代であるギンガも同様である。職場を同じくしてから交流もあるようで、比較的趣味嗜好が似ているのか同級生のなのはやはやてを除けば、六課の中ではおそらくギンガが一番話をしている。波長は合うのだ。それは間違いないのだが、たった一人の男が絡むとその限りではなくなる。

 人間関係に男の問題を持ち込まないというのは、なるほどギンガの人間として尊敬できる部分ではあるものの、一度男絡みで問題が起きるとその限りではない。力の限り相手をぶっ飛ばすことに専心し、その戦闘力の差から毎回ギンガが意識を手放して終了し、その後並んでなのはに怒られるというのが定番の流れだ。

 フェイト・テスタロッサには勝てない。そんな状況が続いている中、ギンガに見えた初めての光明である。専心するのは解るが、今は任務中だ。『元金髪ツインテール』をぶっ飛ばすのは、できれば後にしてもらいたい。

「ギンガさん、そろそろ――」
「あ、ティアナ?」
「なんですか――」

 呼ばれて一歩踏み出したティアナの顔の真横を、銃弾が通り過ぎていく。遅れて血の気の引くティアナを他所にギンガは小さく唸って気合を入れなおした。遠くにはガジェットが見える。たまたま撃った弾が、たまたま直撃コースだったのだろうが、それをギンガはこともなげに回避させて見せた。

 これはもしかして、もしかするのではないだろうか。命の危機を遅まきながら実感したティアナにそんな考えが沸き起こるが、彼女はそれをすぐさま否定した。もう勝てるつもりらしいギンガは大事なことを忘れている。フェイトは飛べて、ギンガは飛べないのだ。

 そも地に足を着けての勝負でさえフェイトよりも速く動ける人間は管理世界でも数える程なのに、フェイトは空中戦をより得意としている。ましてあの恭也を賭けて勝負するとなれば、いざとなればフェイトはプライドも何もかも捨てて勝ちに走ることは目に見えていた。高高度からの砲撃などされてはギンガでは手も足も出ない。

 せっかく勝ちの目が見えたのに前途多難なことだ。完全に他人事なティアナはひっそりと溜息を吐いた。そもそもどうして、これから一緒になろうという人の義妹と好き好んで喧嘩をしなければならないのか。そうは行かない事情があるのかもしれないが、どうせなら戦わずに穏便に行きたい。

 無論のこと、そこにはその方がポイント稼げるかもしれないという少女の打算があったが、あの『雷帝』フェイト・テスタロッサに勝つという無理難題に比べればまだ可能性があるというのがティアナの考えである。それに戦うというギンガの選択を否定はしない。ここにも、いつか自分が戦うことになった時の参考にしたいという打算もあったのだが、それを口にすることは絶対にないだろう。

 少なくとも恭也の前では物分かりの良いデキる後輩でいることが、ティアナ・ランスターの至上命題だ。幸い恭也の懐は広いようであるし、順位に拘らなければ入り込むのはそう難しいことではないと思われる。

 その場合、親友の妹であるという自分のステータスが邪魔になる可能性が高いが、そこは当たって砕けろである。機が熟すのを待ち、一気に勝負をかける。それでダメなら次を考えれば良い。およそ勝負と名の付くことにおいて、ティアナ・ランスターは諦めるという事を知らないのだ。















12月26日あとがき

現在フェイトパート、おっさんたちのパートを書いてます。そちら二話も年内にアップの予定です。