後にジェイル・スカリエッティ事件と名付けられた一連の騒動がとりあえずの収束を見せるのに約一月の時間がかかった。

 ミッドチルダ首都クラナガンに散ったガジェットドローンを始めとした機械戦力を完全に排除し、平時の安全を確保できた――ただそれだけになるまでにかかった時間である。その間、首都機能が完全に麻痺していたことによる被害は計り知れず、また破壊された施設他、復旧を必要とする物は数え切れない程あった。

 テロの情報を掴んでいた事による初動の速さにより、事件の規模にしては死傷者の数が少ないことが数少ない朗報だったと言えるだろう。

 また主犯であるジェイル・スカリエッティは捜査の段階で死亡。十数人の幹部も一人を残して逮捕され、敵戦力の掃討が終了し事件として一応の区切りがつくと、世間の目は事態の責任は誰にあるのか、という追及に向かった。

 これを重く受け止めた時空管理局は、最高意思決定機関であった評議会のメンバー全てを解任し、人事の刷新を早くに発表した。どこの誰が何をやっているのか。局員でさえ不透明であった評議会の向きを反省し、議長には三提督の一人であるミゼット・クローベルが付き、評議会のメンバー全ても公表された。

 不透明であった組織が少しだけオープンになった。組織として、遅々とした歩みではあるものの前進である。無論のこと、排除された最高評議会のメンバーこそが、ジェイル・スカリエッティ事件の手引きをし、数え切れぬ程の犯罪に手を染めていたという事実は、歴史の闇に葬り去られることになった。

 表沙汰になっていない関係者は裏事情に通じた情報部を中心とした面々が秘密裡に拘束、あるいは排除に成功し、ある程度の身分を持っていた者も病死や事故死などで表舞台から姿を消すことになった。

 世界は平和になった訳では決してないが、少なくとも管理局に根差していた闇の一つは、ある男の決意が切っ掛けとなり排除された。組織の再編に隠れ男の功績は決して表沙汰になることはないが、彼の残した意思は、管理局とそこに務める全ての人員にいくらかの波紋を投げかけたのである。

 それら諸々の事情の中心にいたのが機動六課だ。建て前上は地上の所属であるが、局員の半数超が本局からの出向組。設立されるまでもされた後も一部の地上の職員からは煙たがられたものであるが、蓋を開けてみれば獅子奮迅の活躍をした上に、JS事件での献身的な対応が内外から評価され、事件が収束する頃には大分風向きも変わった。一時は恒久的な設立をという意見が地上の方から出る始末である。

 しかし、一年という期間限定というのは設立の時に決めたことであり、特に期間限定という部分については当時の地上本部が念を押してきたことでもあった。卒配されたエリオ以外は出向組ということもあり、部隊が存続できたとしても人員が足りなくなる。存続を前提とするにしても一度は解散して戻らねばならない。

 地上に疎まれて設立された機関が、地上に惜しまれて解散する。設立の目的は十二分に果たせたと言っても良いだろう。一年という短い期間をJS事件の対応に追われた機動六課は、海にも陸にも惜しまれて解散した。















「そのはずなんだが、何故俺は変わり映えのしないメンバーでここにいるんだろうな」
「そりゃあ、僕らのオフィスがお引越ししたからだよ」

 ははは、笑いながらフェードアウトしていく上司のリスティに、恭也はひっそりと溜息を吐いた。

 恭也たち元ブレイド分隊の所属する特共研は本局施設に間借りしていた部署だったのだが、研究内容が多岐に渡ることから、常々広い施設を探していた。

 広さだけならばそれこそ土地の余った場所に適当に作れば良いのだろうが、本局の作戦行動と連動することもあるため、なるべくアクセスの良い所が良いという世間を舐めきった条件が絶対だったのだ。

 その上できればミッドチルダという条件まで代表であるリスティの権限でねじ込んでいたのだから、これはいつまでたっても引っ越しできないなというのが職員全員の見解であった所、郊外とは言え書類上の住所は辛うじて首都クラナガンであり、広大な演習場が着いた上、基地施設も居抜きで使うことができ、恐ろしいことに官舎まで用意されている物件に空きができたというので速攻で飛びついた、と恭也を含めたスタッフたちは事後報告を受けた。

 早い話機動六課が解散した後の施設について本局が手を回したのだ。地上と本局の共同作戦を円滑に進めるための第一歩として、地上の部署と本局の部署が同じ施設で行動する。人材交流と最終的な『統合本部』とも言える部署作成のモデルケースとして、元から引っ越しの希望が出ていた特共研に本局代表として白羽の矢が立ったのだ。

 形としてはクラナガンにある施設の方が本部となり、元からあった本局施設の方が出先機関となる。受け持っている研究分野で配属が決定され、スタッフのおよそ六割が旧六課施設へと異動となり、恭也たちブレイド分隊もめでたく異動と相成った。

 そして、解散後も勤務場所が変わらなくなったのは恭也たちだけではない。

「おーっす、キョウ。時間あるなら模擬戦でもしようぜー」

 昼食を終えた後の静かな時間、すずかの淹れてくれたお茶を静かに楽しんでいた所、外で昼食を終えたらしいヴィータがノックもなしにオフィスに現れる。彼女も、旧六課施設における新たな同居人の一人だ。

 元から特共研と合同で仕事をすることの多かった戦技研究班は、特共研引っ越しの件を知ると即座にうちも手を挙げた。基本的に外に出かけていってデータ収集をすることが多い彼らは、各方面にアクセスしやすい場所に居を構えることが何より仕事の効率化につながることを良く理解していた。

 オフィスをクラナガンに置けるならばこれほどのことはない。力の限り、しかも早めに声を挙げたことが功を奏したのだろう。申請は競争率が高くなる前にすんなりと通り、ついでに所属する部署もまとめて引っ越すことになった。

 戦技研究班は戦技教導部に属しており、そこには戦技教導隊も含まれる。旧機動六課においては高町なのはとヴィータの所属元だ。そのことが解った時にはなのはとお互い一年のつもりが長い付きあいになりそうだと苦笑を浮かべたものだが、諸手を上げて歓迎したヴィータに押し切られつつ、こうして部署が違うなりに交流を更に深めるに至っている。

「ヴィータさん、ご無沙汰してます」
「おー、エリオも来てたのか」

 愛想があまり良くないヴィータも、気心の知れた相手には良く笑う。気安く声をかけてくるヴィータに、最近良く笑うようになったエリオも笑顔で答えた。

 卒配で機動六課に来たエリオは解散後の進路は白紙のままだった。管理局を離れる意思はなく、また他のフォワード組のように希望する部署もないので上からの指示待ちだったのだが、オープンになった上層部からの辞令はクラナガンの首都防衛隊に配属というものだった。

 新たに上司となるのはイヅミ・シュターデンという女性である。恭也と旧知の間柄であるその女性とは、例のホテル警備の時に顔を合わせたことをエリオは覚えていた。不思議な縁もあったものだとお互い笑いながら握手を交わし、恭也の持ち上げっぷりが聊か病的であることにドン引きしつつも、仕事には真面目で真摯な彼女とは上手くやっていけそうだと思った矢先、首都防衛隊にも引っ越しの話が持ち上がった。

 JS事件の際、首都防衛隊は大きな役割を果たしたと言えるが、本局戦力との共同作戦を前提に置くとなると、現在の配置では支障が出るという結論に至った。

 当たり前のことではあるが首都防衛隊は地上の戦力であり、彼ら彼女らは全て地上の施設に本拠を置いている。シュターデン隊もその一つであり、元はクラナガンの南西部に詰めていた。クラナガン近郊や外周部での対応が主であり、ホテル警護の際に旧機動六課と合同となったのもそのためだ。

 本局と合同作戦を取るのは何も首都防衛隊だけではないが、その話が地上に降りてきた時点では既に、機動六課施設の跡地に旧ブレイド分隊を含む特共研と、戦技教導部が入ることは確定していた。当面はそこに詰める部隊が共同作戦を主に担うことになるだろう。

 それを察したイヅミはこれも真っ先に手を上げ、自分が恭也と旧知であり、六課とも共同作戦を張ったことを熱くプレゼンした。地上本部上層部もその熱意に負け――というよりは、無駄に刺々しい態度の奴よりは、旧知の人間を送り込んだ方が角も立たなかろうという理由で、首都防衛隊の一部、イヅミ率いるシュターデン隊が旧六課施設へと送り込まれることになり、それが決まった後に、エリオはシュターデン隊に配属となった。

 部隊に配属されたエリオの最初の仕事は、全く使ったことのない施設から、最近まで使っていた施設への引っ越しのお手伝いだった。更に笑い話なのは数か月前、短い間ですがお世話になりましたと、ルームメイトのキャロと一緒にぴっかぴかに掃除した部屋に、今度は一人で済む羽目になったことだ。真っ先に知らせるべきと思ったキャロに知らせたら、通信の向こうでフリードを抱えて爆笑されたのが、エリオが六課を離れてからの一番の思い出である。

「で、そっちは誰だっけ」
「エリオと同じ部隊のヒトミ・シュナウファーです」

 首都防衛隊に配属になり、エリオが仲良くなったのがこのヒトミである。イヅミの同郷で後輩、首都防衛隊に配属される期待の新人であるが、基本的に経験を積んだ人間が配属される首都防衛隊において、局員歴の浅い人間というのは珍しい。

 ヒトミも隊の平均年齢からすると飛び抜けて若いので、後輩が来ても皆年上と非常に肩身の狭い思いをしていた所、局員歴も自分より短い女の後輩が来てくれたので、猫っ可愛がりしていたのだ。

 年齢が近いからとイヅミの配慮もあり、今はエリオとコンビを組んで行動している。訓練も任務も大抵一緒であり、自由時間も一緒に行動する。今は食後の休憩ということで旧ブレイド分隊の部屋に遊びに行くというエリオに付き合ってここにいるのだが、

 恭也が視線を向けると、ヒトミは当たり前のように視線を逸らした。彼女の対応は美由希がしているが、美由希の傍から離れようとしない――というよりも、恭也の傍に近寄ろうともしないのである。

『訓練校の教官の話では元からその気があったそうなんですが、うちの隊に入ってからその傾向がより顕著になったと言いますか……』

 イヅミの話では単純に、男が嫌いなのだそうだ。事務的な会話はするしコミュニケ―ションを拒否する訳ではないが、基本的には近寄ろうともしない。

 管理世界でも女性は女性で固まるものであるが、それでもヒトミの行動は特にその傾向が強いのだという。目の敵にされている訳ではないのが救いだろうか。それでも明らかに欠片も好いてはいませんという振るまいは、大抵の物事を気にしないと言われる恭也をしても、聊か傷つくものである。

「何だ?」
「別にー」

 視線の意味を問うと、エリオからそんな言葉が返ってくる。伸ばすことにしたらしい赤い髪を、指先でくるくるといじっている。最近の、機嫌が良い時のエリオの癖だ。

「で、どうなんだよ模擬戦」
「俺はこれから執務官殿と人員の受け取りだ」
「特共研の受け取りだろ? 行くのはリスティだけじゃねーのか?」
「特共研だけの受け取りならな。我が家は我が家で受け取りが必要だから、どうせならと同日にしてもらったらしい。一緒に卒業したいんだそうだ」

 朝のミーティングにはヴィータも参加していたが、恭也の受け持ちについては話がなかった。分類上は仕事ではなく個人的な要件だからと納得した。

「なら仕方ねーな。するってーとエリオも」
「午後は軽く汗を流してから早退することになってます。皆でお迎えパーティをすることになってるんですよ」
「テスタロッサ家勢ぞろいか。キョウ、エリオと」
「隣に越したルーテシアと……リインも来ることになってるが、聞いてないのか?」
「……はやてについて出張だからここ三日会ってねーんだよ。リインはそっちに泊まりか?」
「予定ではそういうことになってる。予定が変わるようだったら連絡しよう」
「頼むぜ。で、後はキャロと――」
「私とアルフ、だね?」

 にこにこほほ笑みを浮かべたフェイトが、補佐二人を伴って現れる。恭也たちにとっては馴染みであるが、ヒトミにとってはそうではない。時空管理局の中でも執務官はエリート中のエリートである。加えて機関紙の表紙も飾るくらいの美人局員となれば、管理局の人事に疎いヒトミでも名前と顔は知っている。

 慌てて立ち上がるヒトミに、フェイトは苦笑を浮かべて手を振った。そういう堅苦しい雰囲気はフェイトも歓迎するところではない。

 管理局の法執行官として、戦艦などでは単純に戦力などとして、地球基準に考えると警察と軍人と検事と弁護士を合わせたような仕事をしている執務官は、旧来の管理局を陸と海に分けた時、海よりの中立といった立場だった。

 籍は執務官府に置かれるが階級は陸とも海とも共通で、ある程度独立した権限を有しつつも、組織に出向した際にはそこの指揮官の指揮下に入ることになっている。アースラではクロノがリンディの下につき、機動六課ではフェイトがはやての下についたようにである。

 また、前者のクロノのようなタイプは外勤型と呼ばれ、特定の集団に仮所属して共に行動することで任務を遂行する。当然、その集団に合わせた任務を請け負うことになるので、その集団の戦力を当てにすることができる。一言で言うならば、後者のケースに比べれば『楽』なのだ。

 フェイトのようなタイプは内勤型と呼ばれ、執務官府にオフィスを持ち、そこで独自に事件を捜査する。執務官同士で連携もするし、その権限で海なり陸なりの援助を要請することもできるが、常に同僚が共にいる外勤型と異なり、その申請には手間がかかる。単純に自分の身一つで戦うことも多いため、危険も大きい。

 そういう事情があるのと何より、内勤外勤は執務官本人が選ぶことができるため、その割合は外勤に大きく傾いている。数字で表すと執務官全体の約七割が外勤型で、大抵はクロノのように海の戦力にくっついて回っている。中立のはずの執務官府が海寄りと言われる理由の一つがこれだ。

 その偏りを解消するために、新上層部が最初に考えた方策がフェイトの派遣である。外勤内勤の偏りが問題なのであれば、もういっそ全て外勤してしてしまえば良いのでは、と強引に方針を転換した。

 早い話が全員がどこかの部隊に所属していれば良いのだ。安全を買うのであれば、行く先は何も海の部隊でなくても良い。地上の部隊に合流して活動すれば、地上の戦力不足も解消することができるし、執務官もある程度の安全を買うことができる。

 戦力と身の安全だけを考えるのならば両者に得のある話であるが、出世の最短コースと呼ばれる執務官であるだけにエリート意識は少なからず存在する。地上を下に見るケースが儘あり、いきなり地上に派遣されても軋轢が予想されるため、そこは調整が必要と先だって地上で問題なしと言う執務官が各方面に派遣されることとなった。

 こちらにやってきたフェイトもその一人である。知人のクロノがやっていたように外勤を選ばなかったのは、より広い範囲で活動するためだ。機動六課に入っていた時期がほぼ一つの事件に専念することになり、フェイトのキャリアの中では異端である。

 同じ施設にいるので共同歩調を取ることになるが、全体として見れば同じ部隊ではない。海や陸や執務官という所属は守りつつ、自分たちは管理局員だという意識を、ただ言葉にするのではなく、個々の局員が認識していく必要がある。

 組織の名称も変更されていくことになるだろう。今まで本局というのは海の戦力を指す言葉だったが、これからは評議会を中心とした海と陸に指示を出す部署の名称となる。最終的な決定権と陸と海に指示を出す権限を持ち、地上と海を同等に運用し、戦力を総合的に管理する。

 その新本局の最初の施設が今恭也たちが間借している旧六課施設だ。看板などは作っていないが、建前上は既に存在している新しい管理部署の一部となっており、奇しくも新本局の施設第一号となっている。

 執務官としてのフェイトのオフィスはこの旧六課施設にあり、二人の執務官補と共に勤務している。恭也にとってはお馴染みのティアナとシャリオだ。二人とも機動六課がまだ稼働している内に執務官補の試験を受け、見事に合格した。

 現在はクロノとフェイト本人の推薦で彼女の補佐をしている。元々執務官は二人ないし三人の補佐を抱えているものであるが、執務官になってまだ日が浅いフェイトには補佐が一人もいなかったのだ。フェイトにとっても渡りに船な人選である。

「準備できた?」
「シャワーを浴びて制服を着るだけだからな。書類を準備するのも俺ではないし」
「私も、忘れ物はないよ。シャリオにも確認してもらったし」
「それなら安心だな」

 冗談を言い合い、書類を片手に持ったティアナが恭也の周りをぱたぱたと歩き、制服の埃を落としたり、身だしなみのチェックをする。最後に僅かにネクタイが曲がっていることに気づいたティアナは、少し背伸びをしてそれを直した。

「助かる。ありがとう」
「いえ、とんでもないです」

 ほのかに頬を染めて俯くと、ティアナは緩みそうになった頬を引き締める。部隊が解散して憧れの人と離れ離れになることを嘆いたものだが、解散した後も一緒の職場で働けるとは望外の幸運であるし、六課の時よりも距離が近くなっている気がする。順調にキャリアアップもできているし、最近は良いことずくめだ。我が世の春を噛みしめているティアナを生暖かく見守りながら、フェイトは恭也に向き直った。

「車は首都防衛隊から借りてきたよ。行きは私たち四人だけど帰りは五人増えるからね」
「……リスティはどうした?」
「先に行ってできる仕事は進めておくって。今日は妹さんとディナーの予定だから、そのまま直帰するってさ」
「クロフォード部長の妹さんってあれですよね。スバルと同じ部隊の」
「そう。セルフィ・シンシア・クロフォード。魔導師としても優秀らしいよ。リスティと一緒で一時期執務官になろうとしてたんだって」

 知人の以外な経歴にティアナは素直に感嘆のため息を漏らした。

 六課が解散してからスバルは念願だったレスキュー関連の仕事に就くことができた。現在の所属はクラナガンの港湾警備隊防災課特別救助隊であり、六課にいた頃より階級も上がり今はそこでソードフィッシュ分隊なる分隊の代表を務め、部下もいる立場だ。

 リスティの妹であるセルフィは救助隊におけるスバルの先輩で、彼女と同じく分隊長――トライウィングス分隊の分隊長である。

 分隊長という立場こそスバルと同等だが、セルフィの部隊は救助隊の中でもエースの集まる部隊として知られており、彼女も若いながら一目置かれる立場だとか。

 元はリスティと同じく今は漫画家になっている元執務官の元で執務官補として働いていたが、その元執務官が漫画家になると管理局を離れることになった際、それなら自分たちもやりたいことをやろうと、姉のリスティが研究の道に、妹のセルフィが災害救助の道に進むことになった。

 そこに至るまでには一晩では語れない程のドラマがあるんだよ! と、恭也は飲み会の際に酔っぱらったリスティに何度も聞かされ知っているが、簡潔に物を話すリスティにしては珍しいことに、この話は本当に一晩で語れないくらいに長いので、リスティとセルフィどちらの知人であっても知らないことが多いらしい。

「流石に向こうで顔を合わせないってことはないと思いたいが、リスティだからな」

 部長であるリスティが必要なのは、部隊に引き受ける書類にサインをする時だけだ。立ち合いが必ず必要という訳ではないし、身柄の引き渡し他、施設の案内はむしろ彼女に任せない方が良いまである。後に予定があるなら猶更だろう。

 研究者としての能力以外をどこかに置き忘れてきたと噂される特共研の科学者の代表があのリスティなのだ。先の事件で特共研の名前が売れたこともあり、管理局内には既にそういうものだという認識が出来上がりつつある。それに付き合わされる恭也としては歓迎するべき流れと言えるだろう。変人の一味という世間の認識さえ受け入れることができるのであれば、同僚の奇行がある程度許されるのだから、安い買いものだ。
 
「じゃ、行こうか。運転は私がするから安心してね」
「お前は俺と一緒に後ろだ。後輩の仕事を取るな」
「僭越ながら私が」

 キーを持ち、流れで運転手役を取ろうとしたフェイトを恭也が牽制する。一人で移動するのならばともかく、補佐を二人も使う立場になったのだ。有事のことも考えて、最大戦力である執務官の手は空けておくのが常道だろう。

 恭也の意を受けてさっさとキーを持っていくティアナの背中を、フェイトは恨めしそうに見やる。何気に運転が好きなフェイトは、補佐を使うようになってから運転する機会が減っていることを酷く気にしているのだ。

「次に休みが重なったらいくらでもドライブに付き合おう。だから拗ねるな」
「ほんと? それは嬉しいな、拗ねてないけど」

 拗ねてるだろうと指摘する代わりに、恭也はフェイトの額を軽く小突いた。フェイトは目を細めて抗議するが、それを口にはしない。恭也がじっと見つめ返すと、フェイトはゆっくりと笑みを浮かべる。機嫌を直したらしいフェイトは、足取りも軽く恭也の隣に立つ。

 機嫌をあっさり直した上司の姿を見て、後ろを行くシャリオはひっそりと感嘆のため息を漏らした。フェイトは間違いなく良い人ではあるのだが、拗ねた時ははっきり言ってめんどくさい。それが恭也がいるだけであっさり機嫌を良くしてくれるのだから、部下としては一日中彼と一緒にいてくれないかと思う。

 何だったら執務官補になってはどうだろうか。ティアナはやがて執務官になる予定なので補佐の枠は一つ空く。そこでフェイトと一緒に働いてもらえたら自分が楽になるかと思ったシャリオだったが、そこまで考えて考えることをやめた。ティアナもガチ勢だということを思い出したのだ。

 巻き込まれるかも、と考えたら話題に出すのも苦しい。やはり欲をかくとロクなことにならない。たまに来てくれるだけで良いですからね。心中で祈りながら、シャリオは歩みを早くした。














 ティアナの運転で到着したそこは、ミッドチルダ首都クラナガンの郊外にある。

 管理世界の就労体系は管理外世界――例えば地球と比べると大きく異なり、十に満たない年齢でも条件を満たせば職に就くことができる。時空管理局は特にその傾向が顕著であり、これは魔導士であるかに関わらず門戸が開かれている。

 管理世界でさえ賛否両論ある制度であるが、これは何も体制側だけに見られる傾向ではない。管理世界の犯罪者の平均年齢は、管理外世界に比べると低い傾向にある。管理世界の武装勢力は大抵が魔導士であるが、その構成員として資質のある身寄りのない子供を使う手法が、管理世界では古くから問題になっているのだ。

 旧六課の周辺ではフェイトがこのケースに当たる。そういった少年少女を画一的に裁くのはどうかということで、その更生のための施設が管理世界には存在する。ナンバーズを始めとしたスカリエッティ事件の関係者が収容されたこの施設も、そういった施設の一つである。

 ここにはジェイル・スカリエッティ事件で拘束された、立場が不確かな関係者13人が収容された。うち、管理局員としての身分が残っていたため、健康のチェックと軽い聴取だけで開放されたメガーヌ・アルピーノを除いた12人が、約一年に及ぶ収監の末、本日釈放されることとなったのである。

 12人のうち10人が、ジェイル・スカリエッティの生み出した戦闘機人であり、戦闘機人でない二人も身元は不確かだ。加えて経緯はどうあれ先の事件に全員が深く関わっている。メガーヌのように局員としての立場があり、顔が表に出ていないのであればまだしもだが、収監された面々はクアットロを筆頭に、そのほとんどが事件に関わっていたことが映像として記録に残っている。機人でない二人も含めて一年という収監にはほとぼりが冷めるのを待っていたという面もある。

 その間に管理局の組織再編は進み、彼女らを受け入れる準備もできた。首魁である『あの』スカリエッティの死亡が確定的となったため、事件の責任は全て彼にあり、収監された面々は事件に関わることを強制されていた。保護観察は必要であるが、積極的に罪に問うことはないという共通認識が管理局と聖王教会の間で持たれることとなり、世間一般にも公表された。

 本人が罪に問われないのであれば、それを引き受ける者もまた罪に問われることはない。そうと解れば話は早いと、管理局と教会の間で収監者の身柄を誰がどの程度預かるのかという綱引きが行われ、それも先日きっちりとまとまっている。

 どこの誰とも分からないまま収監された面々は、今日確かな身分を持ってここを出るのだ。一足先に出ることもできたはずの彼女らが、機人10人に付き合うことも決めた気持ちも分かる気がする。

 そんな感慨深さも、施設の受付でリスティはとっくに帰ったという話を聞くまでだった。特共研から提出が必要な書類は全て提出されているが、手続きそのものはまだ完了していない。特に伝言もないのだが、既にリスティがここにいない以上『あとはよろしく』ということなのだろう。

 今に始まったことではないが、本当に自由な人だ。深々とため息を吐いた恭也は受付で簡単な説明を受け、フェイトたちと共に待合室に向かう。今日、管理局、教会関係で立ち会う人間はもう全て到着しているらしい。

 大人数で迎えるという案もあったそうだが、それでは大がかりに過ぎるということで必要最低限の人数のみが集まることになった。恭也とフェイトが事実上に管理局代表であり、

「恭也さん、お久しぶりです」
「騎士カリム」

 待合室に入ると、上座に座っていたカリムが椅子から立ち上がり、にっこりと笑みを浮かべた。併せて、それまで話をしていたらしいゲンヤとクイントも一緒に立ち上がる。カリムの後ろには護衛であるシャッハが。ナカジマ夫妻の後ろにはその娘であり、父ゲンヤの副官であるギンガが控えていた。

 全員が、知らない仲ではない。シャッハは小さく会釈をし、ギンガはカリムに負けるものかととびっきりを笑みを浮かべる。恭也の背後でフェイトがすっと目を細めた。その気は昔からあったが、フェイトがいる時には遠慮するくらいの配慮があった。今は何もお構いなしにアプローチをかけてくる。

 その心境の変化は強くなったことが原因だろう。先の事件の時に強さのコツを掴んだとかで、最近はクイントにも完勝するようになったという。順当に行けば来年にはSランクの認定を受けるだろうと、今地上の若手魔道師の中で最も注目されている存在がギンガ・ナカジマという少女だ。

 早い話、戦っても勝てる目が出てきたから態度もそれ相応にデカくなってきているのだ。それでより恭也に近づいてくるのだから、フェイトとしては面白いはずもない。チリ、とフェイトの周囲で稲妻が舞う。その稲妻に呼応するかのように、ギンガの両目が金色に染まる。

 先の事件においてISに目覚めたギンガは、その後の修行でそれを使いこなすに至った。自分の周囲限定の短期予知を可能にするもので、それを元に行動するギンガの動きは凄まじく、瞬く間にその腕を上げた。IS込みでは既に母であり師でもあるクイントを凌いでいるという。

 能力なしの状態でも何やら行動の予兆に敏感になったらしく、とにかく行動が早くなり動きにも無駄がなくなったらしい、と既に組手を受けたらしい恭也からも聞いている。元より専門外の無手では恭也でも勝てず、何でもありでも割と良いところまで行くらしい。

 今のうちに格の違いというものを思い知らせておくべきか。女としての勘が叩き潰しておくならば今だと言っている。無意識のうちに各々のデバイスに手を伸ばす二人。それに呼応するようにして、ため息を吐いたそれぞれの保護者が、それぞれの頭に拳骨を落とした。

 ごちんという鈍い音。痛みに蹲る二人をいないものとして話は進んでいく。

「当施設としましては、既に全ての手続きが完了しています。教会側の書類は騎士カリムから。管理局側の書類は先ほどテスタロッサ執務官よりお預かりしましたが……はい、こちらも問題ないと確認が取れました。事前の諸手続きはこれで以上となります。後はテスタロッサ執務官立ち会いのもと、収容者の引き渡しのみとなります」

 淡々と施設管理者により話が進行していくと、復活したフェイトとギンガものろのろと元に位置に戻った。準備が整ったと判断した管理者の意を受けて、応接室の、恭也たちが入ってきた方と反対側の扉が開かれ――

「パパっ!!」

 栗色の髪をした少女が飛び出し、恭也の腰に飛びついた。今日からちゃんと娘になるのだ。それを楽しみにしていたヴィヴィオは思う存分、パパと呼ぶ男性の感触を堪能する。

「良い娘にしてたか、ヴィヴィオ」
「うん。皆と仲良くしたし、ちゃんとお勉強もしたよ」
「良い娘だ。流石俺の娘だな」
「そして私の妹分でもあるのよ、お兄さん」
「アリシア」

 久しぶりに名前を呼ばれ、アリシアは透き通るような笑みを浮かべた。施設での暮らしは退屈で仕方なかったが、恭也の顔を見れて全てを許せる気がした。それにこれからいくらでも一緒にいられるのだから、過去を振り返るのも意味がない。これからよろしく、と軽く恭也の肩を叩いたアリシアは、ヴィヴィオの手を取ってフェイトの後ろに立つ。

 ヴィヴィオとアリシアの二人は、まとめて恭也が身元保証人となった。ヴィヴィオはさらに養子縁組をし、正式に恭也の娘となっている。恭也はアリシアも同様の手続きをするつもりだったのだが、アリシア本人がそれを拒否している。それ故に、今のところアリシアはまだ、ただのアリシアのままだ。管理世界でも姓がないのは珍しいことであるため、いずれ何か適当な姓を得ることになるのだろうが、それはゆっくり考えるとアリシアは言っている。

 身の振り方についても、この二人については白紙のままだ。保護者である恭也やその家族とゆっくり相談した上で、今後のことを決めると管理局や教会とも話がついているが、そのどちらかに所属して仕事をすることになるだろうことは、恭也だけでなくヴィヴィオやアリシア当人たちも解っていた。

 だがそれでも、猶予期間を満喫してはいけないということにはならない。これから自分たちには楽しい時間が待っているのだということを、二人の少女は全く疑っていなかった。

「お久しぶりで~す」

 ひらひらと手を振りながら現れたのはクアットロだ。その後ろにはトーレとセッテが続いている。

 この二人は管理局が身柄を預かることになり、当面は特共研で仕事をすることが決まっている。スカリエッティのアジトのデータはそのほとんどが持ち出されるか破棄されていたが、クアットロの協力で一部の復帰には成功した。

 戦闘機人の技術を平和的に利用したいという特共研の思惑もあり、技術協力ということでクアットロの所属がまず決まり、それに追随する形でトーレとセッテが同様の所属を希望した。早速明日から同僚として同じ場所で仕事をすることになる。官舎に住むことも決まっており、セッテの部屋はエリオの隣になることも決まっていた。

「明日から同僚ですね。不思議な縁もあったものですけど、よろしくお願いしま~す」
「よろしく」
「ヴィヴィオちゃ~ん、貴女のパパが塩対応で私をいじめます~」
「パパ! お姉ちゃんをいじめちゃだめ!」

 わざとらしい猫なで声でクアットロが言うと、使命感に燃えたヴィヴィオがすっ飛んでくる。施設内で顔を合わせた時にもよく見た構図に、恭也は頭痛を覚えた。

 ヴィヴィオは持ち前の明るさから機人全員と仲良くなったようだが、取り分けクアットロに懐いたようで、自由時間にはよく一緒にいたことが施設の職員にも目撃されていた。娘の交友関係にとやかく言いたくはないのだが、恭也個人としてはできればやめてほしいというのが本音である。

 クアットロも恭也がそう思っていることが良く解っているので、無駄に突っかかってきては雑に扱われると、すぐにヴィヴィオに泣きつくという構図が出来上がっている。それで何度か恭也は頭を下げる羽目になってクアットロへの好感度が下がり、ヴィヴィオはクアットロへの好感度を上げていくという負のスパイラルが生み出されていた。

 無駄口は叩かない性分らしいトーレは、目礼しただけでフェイトたちの後ろに並ぶ。その際、クアットロを促すことも忘れない。寡黙な人物だが、曲者揃いのナンバーズの中では前線指揮官として優秀かもしれない。少なくともクアットロに任せるよりは遥かに信頼できる。

 クアットロに余計な権限を与えないことを心に決める恭也の前に、セッテが立った。長い桃色の髪をポニーテールに結わえた少女は、恭也の前で深々と頭を下げた。

「姉たちともども、これからよろしくお願いします」
「うちはおかしな連中ばかりだが、気のいい奴ばかりだ。お前なら多分上手くやっていけるだろう」
「問題ありません。エリオお嬢様がいれば、私はそれで充分です」
「お嬢様か……」
「はい。お嬢様です。できれば将来はメイドとしてお嬢様に仕えたいと思っています」

 教会か管理局に就職するのはほぼ内定しているようなものだが、それでもできる限り希望には添えるよう進路希望調査を行ったようである。とは言うものの、先の暗黙の了解は収容者たちも理解していたので、ぼんやりとした希望はあってもそれを口にすることはなかったのだが、唯一具体的な希望を口にしたのがこのセッテだった。

 エリオに仕える。以上。この上なくシンプルであるが具体性の欠けるこの希望は、施設を出る今日になって『できればメイド』としてと、具体性に僅かな進捗があった。より訳が分からなかったと言える。

「知人にメイドがいる。機会があれば紹介しよう」
「よろしくお願いします」

 またも深々と頭を下げたセッテはトーレに合流する。主張することがなければ基本的に静かな二人だ。そのうち片方がメイドになりたいというのだから、世の中分からないものである。

 恭也には理解できない世界だったが、忠節がメイドに繋がったのだと思えば解らないことでもない。幸い知人のメイドが務めるのは恭也の同僚であるすずかの実家である。あの家は管理世界の事情も知っているから預ける分には問題ないだろうと気持ちを切り替える。

 続いて現れたのはチンク他、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディの四名である。彼女らの所属は管理局となるが、ナカジマ夫妻が四人まとめて身元保証人となり、全員まとめて家族となる。直接の血縁こそないが、ギンガとスバルはチンクたちを生み出すベースとなった技術を元にしている。戦闘機人としては先輩にあたるのだ。スバルも姉と妹が増えたと喜んでいるという。

 まだまだ雰囲気が堅苦しい所であるが、ゲンヤもクイントも良い人物だ。生まれも何も時間が解決してくれるだろう。ほっこりした気持ちで見ていると、挨拶の終わったチンクが恭也の元に歩み寄ってきた。膝をつき目線を合わせると、チンクは淡く笑みを浮かべる。

「元気そうだな。安心したぞ恭也」
「姉上もお変わりないようで」
「姉はいつでも元気だ。しかし、明日からいよいよ同僚か。今か今かと楽しみにしていたぞ」
「困ったことがあったら何でもおっしゃってください。弟として力になります」
「うん。良い弟を持って姉は幸せだ」

 ははは、と笑いあうチンクと恭也に、周囲の雰囲気は微妙なものになる。恭也が管理局に合流した時の年齢が16――来歴が不明であるために恭也の自称を採用し、管理世界の戸籍にもそう記載されることになった――であり、それから約十年経った今の恭也の年齢が26である。

 昔から年相応に見えないだの、心はおっさんだの言われてきただけあり、実年齢よりも遥かに老成して見えると評判だった。

 反対にチンクは19歳。稼働期間を年齢とするならば、実際にはこれよりもいくらか下であるのだが、ギンガの下、スバルの上とすると大体これくらいの年齢になるため、チンク・ナカジマとして作成された戸籍もこの年齢を採用した。

 年齢相応だと思っているのは残念ながらチンク本人のみだ。小柄な体格もあり、チンクは恭也とは逆に実年齢よりも遥かに幼く見える。

 おっさんがロリに傅いている弟と呼ばれているのだから事情を知らない人間が見たらいかがわしいプレイにも見えかねない。恭也が家庭環境に問題のある小さい娘をひっかけてくるのはもはや宿命であると、最初にひっかけられた娘であるフェイトなどは諦めているのだが、全く諦めていないものが一人いた。

「あたしはお前が兄さんだなんて、認めてないからな!」

 チンクの後ろから突っかかってくるのは、同じくナカジマ家の一員となったノーヴェである。ナンバーズと呼ばれた全員は決して姉妹仲は悪くないが、波長の合う合わないでグループを組むことが多かったという。

 ナカジマ家に引き取られた四人はそのグループの一つであり、中でもノーヴェはチンクにとても懐いていたとか。思えばチンクが殺されたと勘違いした時も、後先考えずに襲い掛かってきたのはこの少女だったなと思い出す。

 一年前のことなのに、ずっと昔のことのようだ。中身がおっさんだと言われるだけのことは割るなと自分の年齢のことでしみじみとしている恭也を、無視されたと思ったノーヴェは顔を真っ赤にしてつっかかっていく。

「無視してんじゃねーっ!!!」
「ああ、誤解しないでほしい。俺はチンクさんの弟になったのであってお前たちの兄になった訳では断じてない」
「恭也さん。ノーヴェはお姉ちゃん取られて寂しいんすよ。妹心を解ってやってほしいっす」

 それほどややこしい話ではないのだが、ノーヴェは聞いてくれそうにない。ウェンディの言うように兄がどうこうというより、姉が遠くに行ってしまったような気がして寂しいのだろうと察した。

 とは言え、恭也とチンクの関係がどうであった所で、ノーヴェとチンクの間に大きな変化はない。ナカジマナンバーズの中ではチンクだけが恭也と強い縁を結んでいるが、現状チンクを含めて四人を引き取るのはナカジマ家であり、四人は一緒に暮らすことになっている。

 そしてテスタロッサ家とナカジマ家は既に家族ぐるみの付き合いだ。そこに何人か加わった所で関係が強化されこそすれ、疎遠になることは考えにくい。ナカジマナンバーズの中では現状チンクだけが恭也と同じ特共研の所属となるが、特共研は首都防衛隊と異なり緊急出動などはない昼番勤務なので、チンクは普通の勤め人と同じ様に帰宅する。

 恭也は違う所に住んでいるのだから、今の時点でさえ関係はノーヴェの方が強いのだ。弟ではなく妹の勝ちだと懇々と説明すると、ノーヴェはようやく渋々納得してくれた。弟ではなく妹の勝ちだという文言が気に入ったらしい。

「恭也、ちょっと疲れたんじゃない? 向こうでお茶でも飲もうか」
「私もご一緒しますよ」

 一仕事終えた恭也が一息吐いていると、フェイトとギンガが不自然なコンビネーションを発揮して恭也の視界を塞いでくる。そのままぐいぐい押してくる二人に抵抗していると、今日の最後のメンバーがやってくる。

 セイン、オットー、ディードの教会組だ。彼女らは騎士カリムが後見人となり、教会に籍を置くことになる。セインとディードはシスターとしてシャッハの部下となることが決まっており、事実上グラシアの、引いては彼女の祖父である枢機卿閥に所属することになる。

 教会内部でどのような話し合いがあったのか恭也の知る所ではないが、貴重な戦闘機人三人は全て、同じ所属となることになった。人道的な配慮のみでの人事ではなかろうが……ともあれ、無暗に権力に絡まないことが生き残る知恵であると恭也はこちらに転移してきてから学んだのだ。

 さて、とフェイトとギンガをひょいと押しのけ、カリムに挨拶をしている三人に、正確にはディードへと歩み寄る。恭也の姿を見るとディードは小さく頭を下げた。双子であるオットーと同様、ナンバーズの中でも感情の起伏の少ない少女であるが、恭也を前にした少女は傍目にも喜んでいるように見えた。

「お久しぶりです。恭也さん」
「元気そうで何よりだ。さて、今日から教会所属となる訳だが……前にした話は考えてもらえただろうか?」
「はい。騎士カリムとも相談し、お受けすることにしました」
「そうか、それはありがたい」
「この件は教皇聖下にもお話しました。とても喜んでおられましたよ。恭也さんがようやく重い腰を上げてくれたと」
「こいつだけ、という訳にもいきませんからね……」

 どこか苦い顔をしている恭也に対し、カリムは心底喜んでいるようでにこにこ笑みを浮かべている。反対に、フェイトとギンガは仏頂面だ。

 恭也と、六課のメンバーでは他にはシグナムが、ベルカ自治区においては武芸者として広く名前を知られている。この二人は自治区内に道場を開き、弟子を持つことを無条件で聖王教会教皇の名のもとに認められている。

 事実上の、是非道場を開いて弟子を取ってくれという教会からのお願いであるのだが、シグナムは『我が剣を捧げるのは主はやてのみ』と指導を早々に拒否してしまった。そのせいで矛先は主に恭也のみに向けられ、特に枢機卿でもあるカリムの祖父が長年の親友である教皇を巻き込んで熱心に勧誘してくるのである。

 カリムは古き良きベルカ女性を体現しているような女性であるが、その祖父は似ても似つかない武闘派であり、古くは教会騎士として名を馳せ、三提督とも『戦った』ことがあるとかないとか。恭也も彼の若いころの写真を見たことがあるが、人間形態のザフィーラと良い勝負をする体格と言えば、その厳つさも解るというものだろう。

「おじい様も『あと三十若ければ私が行っていたと悔しがっていました」
「折を見てお相手に参上いたしますとお伝えください」
「先生もまだまだお元気ですからねぇ……」

 弟子の一人であるらしいシャッハがしみじみと呟く。枢機卿という言葉から連想するイメージとはかけ離れた巌のような武人には、いかにシスター・シャッハと言えども頭が上がらないのだ。

「実を言うとディード、それにオットーの派遣は内々で決まっておりました。二人だけというのも忍びないのでセインと、初回の派遣にはシャッハも付けます。ちなみに監督するのは私です。実はオフィスの移動も既に始めています」
「それは初耳です」

 あまりの手回しの良さに恭也は苦笑を浮かべる。既に進めているということは、管理局の上層部――具体的にはリンディやレティはとっくに承知のことで、現場のリスティくらいまでは知っていることなのだろう。話が下りてくるのが微妙に遅いのはいつものことであるが、水臭い話だと思わないでもない。

「聖下はご承知のことと思いますが、何分こちらで弟子を持つのは初めてのことなので、まずはディード一人、テストケースということでご了解いただければと」
「教会としては受け入れていただけるだけで十分だと申しておりました。今後とも良きお付き合いをよろしくお願いします」

 カリムの笑みに見とれると共に、恭也は内心で感心していた。普通の男が何度も頭を下げなければ解決できない問題を、美女はほほ笑み一つで解決するという。カリム・グラシアという女性の内面合ってこそのものだと解ってはいるが、笑みを武器として使いこなす女性としての強かさを感じた。

「さ、これで顔合わせは済みました。込み入った話は移動してからにしましょうか」

 カリムの音頭で、出所組がぞろぞろと行先ごとに分かれる。教会組はカリムの元へ。チンクたちナカジマ家に引き取られる組は夫妻の元へ、それ以外は恭也たちの元へと移動する。

「特共研施設への異動に関しては明日改めて。聖下からのご要望についても合わせてお伝えいたします」
「お手柔らかにお願いします」

 最後ににっこり笑みを浮かべて、シャッハと教会組を引き連れてカリムが退出する。弟子となることが決まったディードが最後に深々と礼をして去っていくのを見て、フェイトとギンガの不機嫌具合が更に悪くなった。

「恭也。姉は明日から出勤だ。よろしく頼む」
「俺の同僚は頭のおかしい奴ばかりですが、善良には違いありません。ご苦労をおかけするかとは思いますが、まぁ、退屈はしないで過ごせるかと思います」
「私が差し迫った時に、私の面倒を見てくれた者たちだ。そういう心配は元よりしていない。それにお前が共に仕事をしているのだからな。姉は信頼するとも」
「むず痒いですが、そういう言葉を嬉しく思います」
「お前が嬉しいなら、姉も嬉しい」

 屈んだ恭也の頭を背伸びして撫でると、チンクは恭也に小さく手を振りながら去っていく。後を追うノーヴェがしっかり舌を出して威嚇してきたことに苦笑しつつも、さて、と気を取り直した恭也は、来た時よりも多くなったメンバーに向き直った。

「俺たちも帰るぞ。官舎組の荷物は今朝の内に部屋に運び込んである。あちらについたら部屋に案内するから手荷物はそのまま部屋に運び込むように。勤務自体は明朝からだが施設内の見学はできるように取り計らっておいたが、特共研の誰かに声をかけて付き添ってもらうようにしてくれ」
「いじめられたら怖いですもんねぇ」
「保護観察中の人間に手なり口なりを出すようなバカがいるとは思いたくないが、ないとは言い切れないからな。解ってると思うが、自分から喧嘩を売りに行ったりはするなよ、特にクアットロ」

 スカリエッティが戦闘機人なるものを作ったという事実は、事件の際に彼が大衆に語り掛けたことで、AMFやそれを搭載したガジェットドローンと共に広く一般にも知られているが、その後敷かれた報道規制により、ほとんどのナンバーズはその容姿までは知られていない。

 唯一の例外が管理局員向けのオープン回線で自己アピールをしやがったクアットロだ。後付けで大分前に管理局と取引した二重スパイということにされているが、一部の局員や、特に恭也・テスタロッサの殺害犯と一時期認知されていたことで、教会騎士団に対する受けが良くない。

 性悪一人が弾かれるなら自業自得で済むが、ナンバーズ全体の問題と考えるとそうもいかない。そういう意味で恭也は釘を刺したのだが、いつもの憎まれ口が返ってこない。不思議に思ってクアットロを見れば、焦げ茶色の瞳を軽く見開いて、恭也を見つめ返していた。

「……なんだ」
「名前、呼べたんですね。今初めて、呼ばれた気がします」

 かつて恭也が奪った目は、敗北を受け入れた時に修復されている。まだうっすらと残る傷の後を指で触りながら、クアットロは視線を逸らした。らしくないしおらしい態度に、恭也が真っ先に感じたのは疑念だった。名前を呼んだのは何しろ初めてのことではない。この眼鏡のことだから何かからかう前兆だろうと思って身構えてみるが特に何もないようで、ヴィヴィオに手を引かれたクアットロはフェイトの先導で駐車場の方へ行ってしまった。

 ティアナとシャリオ、遅れてトーレとセッテが続き、恭也は最後尾をアリシアを一緒に歩き始める。

「前から思ってたけど、お兄さんってクアットロと相当相性良いよね。私がちょっといらっとするくらい」
「その百倍はあれに対していらっとしている自信があるぞ」
「そんなお兄さんだからクアットロも懐いてるんだよ。何だかんだ言ってちゃんと相手にしてあげてるもんね。喧嘩しないか心配してるみたいだけど大丈夫だと思うよ。お兄さんとヴィヴィオがいれば、クアットロも良い子にしてると思う」
「だと嬉しいな。問題なんて起こらない方が良いに決まってる」
「私は退屈しない方が良いかな。お兄さんと一緒に、色々なことをやってみたい。ねえお兄さん。私が世界を滅ぼしたいって言ったら、お兄さんは協力してくれる?」
「全力で止める。世界を滅ぼしたいなら、俺を殺してからにしてくれ」
「お兄さんを殺したくはないかなぁ」

 えへへ、とアリシアは少女らしくほほ笑み、恭也の手を取った。プレシア・テスタロッサの狂気に塗れたの雰囲気を消した少女は、ただのアリシアとして恭也を見上げる。

「私、良い子になるよ。だから――」










「――今度はちゃんと、手を離さないでいようね」