管理世界だろうと管理外世界であろうと、変わることのない絶対の真理が存在する。通勤時間は短ければ短いほど良い。近ければ呼び出される危険が増えるというのもあろうが、睡眠時間を少しでも長くしたいという人間の普遍的な欲求には抗いがたいものがある。

 通勤形態によっては時間を潰しにくいということもあるだろう。ともあれ、地球とは異なる移動手段を用いることがある管理世界でも労働者が住居を選ぶ時の基準として『職場に近い』はトップ3から陥落したことは一度もない。

 時空管理局とてそれは例外ではなく、職場に通うのに長距離転移が必要な、しかも管理外世界に住んでいる恭也がかなり特殊な部類に入る。

 今の職場に転移用のポートはないため、仕事を片付けた恭也たちは一度クラナガン中央部にある本局施設にまで移動し、そこからポートで第97管理外世界――日本の海鳴市まで転移した。初めてのことばかりで終始目を輝かせていたヴィヴィオを他所に、彼女の基準ではあまりにも時間がかかったことにアリシアなどは海鳴に付く頃には呆れ返っていた。

「……私が全力全開なら皆を抱えて一瞬でここまで来れたわ」
「魅力的な提案だが管理世界での無許可の転移魔法の使用は犯罪だ」
「通勤時間短縮のために美少女魔術師が使用ってことでどうにかならないかしら」
「お前が美少女なことは否定しないが、通勤時間短縮ということでは許可は下りないだろうな」
「法律って欠陥品よね。でも、お兄さんが私を褒めてくれたから許してあげる」

 テスタロッサ家は主にクラナガンへの通勤のためにポートを利用している。転移魔法を使える魔導士がいなくても特定の場所から特定の場所へ転移することのできる装置であり、古くはアースラにも同じ物が積まれていた。

 海鳴に設置されているものはその同型で、現在は月村家の離れに設置されている。敷地の一部を提供してくれるだけでなく、使用に際し出入り自由としてくれた月村家の人々には感謝しかない。

 月村家から各ご家庭までの移動手段であるが、転移魔法を使えれば楽ではあるのだが、関係者の中でも転移魔法を使える人間が限られている上、各々違う職場で働く都合上、移動の時間が合うとは限らない。管理外世界の移動手段で最たるものと言えば車であるが、ほぼ全員が日本の運転免許を持っていないため、飛行魔法で移動することにしている。

 海鳴在住の管理局員の中ではブレイド分隊の三人が飛行魔法を習得していないが、その場合は特共研が開発した光学迷彩を使って走ることになっている。

 今回の場合は飛べないのは恭也とヴィヴィオのみ。アリシアに至っては転移魔法が使える。時間が惜しいこともあり、海鳴月村邸までとんできた恭也たちは早速マンションまで転移しようと指示を出そうとした所で、離れの中に気配があることに気づいた。

 薄い気配を持ったその人物は、恭也たちが転移してきたのを見ると静かに一礼する。一部の隙もなく着こなされたメイド服に、施設では散々セッテからその職業の素晴らしさを聞かされていたヴィヴィオが歓声をあげた。

「メイドさんだ!」
「ヴィヴィオ、まずはご挨拶だ」
「はいパパ。メイドさん、初めまして。今日からちゃんとパパの娘になりました、ヴィヴィオ・テスタロッサです!」
「はじめまして。娘ではないけど家族にはなりましたアリシアです。テスタロッサではありません」
「ご丁寧にありがとうございます。私は月村家のメイド長、ノエル・K・エーアリヒカイトと申します」

 メイド長、と言っても現在は二人した邸宅にメイドはいないのだがそれはヴィヴィオの知らないことである。少女の脳裏にはメイド軍団を引き連れたデキるメイド長の姿がありありと浮かんでいたのだが、残念ながらそれは錯覚だった。

「要件があるようですが、どのような」
「先に到着された皆様より、テスタロッサ様が私に話があるとお聞きしましたのでお待ちしておりました」
「そういうことでしたか。実はメイドになりたいという人間が一人現れまして、可能であれば月村の家でご指導いただけないかと」

 無表情のままにノエルが小首を傾げる。月村の家では息女の一人が管理局に務めている上、敷地を貸しているという管理外世界の者としては管理世界とはそれなりに深い関係にある。とは言えどちらも領分は弁えていて、恭也も必要以上に管理世界の事情に引き込んだりはしないし、ノエルたちも首を突っ込んで来たりはしない。

 恭也たちから見るとあくまで月村家の善意に甘える形でこの関係は成り立っている。それをかさに着て要望を重ねることは恭也たちの本意ではなかったし。ノエルの記憶にある限りでも恭也の側から要望があったという記憶はない。ここで恭也が任せるというのだからテスタロッサの縁者なのだろうが、その上で複雑な立場にあることはノエルにも察せられた。

 何やら大きな事件が収束したばかりとも聞く。これからは休暇も取れると喜んでいたすずかの顔を脳裏に描きながら、ノエルは返答する。

「複雑な事情がおありということは理解しました。私としてはお受けしたく存じますが、一先ず奥様と旦那様に話を持ち帰ります」
「お二方にはよろしくお伝えください」
「かしこまりました。旦那様からも、近いうちに手合わせ願いたいとのことです」

 ノエルの申し出に、恭也は苦笑を浮かべた。ノエルに旦那様と呼ばれるのは、高町家から月村家に婿入りした月村恭也氏である。すずかと姉の忍のご両親は忍に家督を譲って、今は海外旅行を楽しむ悠々自適の生活をしているとか何とか。

 長男ながら婿入りした恭也氏であるが、資産家としての主な仕事は嫁である忍が片付けてしまうため、忍が家にいる時は主に鍛錬をして過ごしているらしい。一部関係者の間で『ベジータ』と揶揄される恭也が鍛錬する離れは転移魔法陣のある離れとは本館を挟んで反対側に存在する。洋風な建物の中に突然現れる和風建築には違和感を覚えるがそれはともかく。基本的に忍と一緒に過ごす都合上、今の彼には組手の相手がいないのだ。

 忍もノエルもついでに彼女の妹であるファリンも、常人とは一線を画した強さを持っているが、三人とも強者ではあるが武芸者ではない。技量に優れた人間との闘いこそ求めている訳であるが、これまで主に恭也氏の相手をしていた美由希は就職して時間が合わなくなり、指導者である所の士郎氏は身体を悪くしているために組手の相手は務まらない。

 早い話相手がおらず飢えているらしい彼は事あるごとに恭也に声をかけてくるのだが、恭也が自分と異なる人生を歩み異なる選択をした彼のことがどうにも苦手だった。自分と違う自分が目の前に立っていることにどうしょうもなく違和感を覚えるのである。

 自分と同じ顔をした人間が自分に非常に近い技を使っていれば疑問に思うと思うのだが、恭也氏はこれを全く気にしないらしく、彼の指導者であった士郎氏も同様だ。そんなものかと美由希にも確認してみたところ『ラッキーくらいにしか思ってないんじゃない?』と軽い言葉が返ってきた。

 こうなると気にしている自分が余計に馬鹿らしく思えてきて相手への忌避感も増すのだが、今回は自分の方から難題を頼んでいる立場である。恭也とて興味がない訳ではないのだ。たまには引き受けるのも良いだろうと覚悟を固めた。仕事があると一礼して去るノエルの背中が見えなくなってから、アリシアが恭也に問うた。

「その旦那様は魔法使いなの?」
「なのはの実兄ではあるが一般人だな」
「管理世界の一般人がお兄さんに挑戦するの?」

 管理世界で散々暴れたアリシアの視点からすると、魔法も使えない一般人は自分の脅威足りえない。傾向できる程度の質量兵器ではよほど強力なAMF環境下でもない限りダメージが通ることなどないし、魔導士に重大なダメージを与えるようなトラップなど早々ない。

 恭也は厳密な意味で魔導士ではないが――管理局基準ではミッドチルダ式、もしくはベルカ式そのもの、あるいはそれに通ずる技術を収め行使できる人間を魔導士と呼称する。テスタロッサ式は申請はしているがまだ認定外――美少女魔導士たる自分に一矢報いることのできる数少ない人間だ。それに伍することのできる人間が、それも管理外世界にいるとは信じられないアリシアだったが、

「この屋敷の旦那様というのはお前も知ってる美由希の義兄だ。魔法なしなら俺たちとも良い勝負するぞ」
「世界って広いのね」

 美由希の血縁と言うのであれば納得せざるを得ない。突き詰めた技術が魔法魔術を凌駕するという現象は管理世界にも稀にあることである。

「さて……今度こそ私の出番ね!」

 月村家から移動という段になって、アリシアがポーズを取りながら気勢をあげた。隣ではアリシアの真似をしてヴィヴィオが同じポーズを取っている。末っ子気質のヴィヴィオは姉貴分の真似をしたがる年頃なのだ。微笑ましい光景であるが、姉貴分の中で一番仲良しなのがクアットロであることを考えると喜んでばかりもいられない。

「お前自身も含めて四人いる訳だが初めて行く場所にデバイスなしで行けるか?」

 施設から旧六課施設を経由してその足で来たため、アリシアはデバイスを持っていない。デバイスなしでも魔法が使えない訳ではないがその場だけで完結する戦闘系の魔法と異なり、転移魔法は細やかな設定が必要になる。あっちの方向に適当な距離をというのならばまだしも、任意の座標に自分を含めた全員をというのはいくらアリシアが天才でも厳しいと思ったのだが、天才少女はやはり『天災』だった。

「行けないこともないけど、ちょっと待っててね」

 言うが早いか。アリシアは目を閉じると少しの間集中し、

「えい!」

 気の抜ける声を発して手の平を突き出しすと、展開状態のデバイスが虚空から出現した。その杖をかっこよく取り、ヴィヴィオに向かって決めポーズをする。アリシアはアリシアでヴィヴィオのことがかわいくて仕方がないらしく、ポーズを取るとヴィヴィオは無邪気に喜んでくれるためますますお姉ちゃん風は強くなっていくのである。

 きゃーきゃー喜ぶ幼女組に対してフェイトは青い顔だ。そもそもデバイスを所持するためには監督省庁に届け出が必要であるし、大前提として協会に登録して魔導士ランクを持っている必要がある。アリシアは出生がフェイト以上に特殊であるため戸籍さえ最近用意されたばかりだ。ずっと施設にいたのだから魔導士ランクなど取っているはずもないし、デバイスは持っていないと宣誓した上での証言が記録に残っている。

 デバイスの未登録、デバイスの不法所持、証言の虚偽、保護観察中の不法行為。

 これが上に知れたら施設に逆戻りどころか魔導士の重犯罪者を放り込む刑務所に無期限で放り込まれる可能性だってある。保護責任者兼保護観察官でもあるフェイトの胃はかつてないほどに痛みを訴えていた。この幼さ故の無軌道な勢いを持つ少女に、これからどのように順法精神を教えたら良いのだろう。

「それは……その、どうしたのかな、アリシア」
「転送魔法の応用よ。転送でも転移でも、実行されるまでの間にタイムラグがあるでしょ? その間、物や人はここじゃない場所にちょっとだけあるんじゃないかって論文をドクターの所で読んだからやってみたの。展開状態にしたデバイスに転送魔法の後半部分を、私からの合図が来たら実行するようにして転送魔法の前半部分を実行したのよ。座標は最初から合図した私の所に来るように設定してあったから、合図さえ通ればどこにでもデバイスを持ち込めるって画期的な方法なの。これならどんなボディチェックも通過できるわ! まぁ、AMF環境下だと私でも使えないんだけど。今の所それが研究課題ね」

 元々おしゃべりなアリシアであるが得意分野のことになると饒舌な上に早口になる。大人ぶって振舞う少女の年相応の振る舞いに、特殊な環境で生まれ育ってもかわいいところはあるのだと安心するが、語っている内容が内容だけにそのままにもできない。下手に表沙汰になったら保護観察官のフェイトは元より、関係者全員の首が飛びかねない。

「アリシア。そのデバイスはちゃんと登録しろ。リスティに相談すれば上手くやってくれるだろう」
「えー? でもお兄さん。秘密の武器とか持っていた方が後々便利だと思わない?」
「今更非合法がどうしたと言うつもりはないが、いざという時に命を預ける武器がそれというのはいただけない。色々やりたいというのなら女帝陛下を紹介しよう。合法的にあくどいことをやらせたら管理世界一だ。何かするなら彼女の話を聞いてからでも遅くはないぞ」
「レティ・ロウランのことね。ドクターも言ってたわ。一度頭の中を見てみたいって。暗殺対象にもなったことがあるはずだけど生き残ったんだもの。魔導士でもないのに曲者なのね」
「腕っぷしだけが戦う手段ではないという良い見本だな」

 魔導士上位の管理局で非魔導士の身で『本局の魔女』と言われるまでの立場になったレティの名声は、管理局の内外にまで響いている。物金人の流れを操るプロ中のプロであるので運用部の机の前から一切動かずに数々の非合法組織をあぶり出したエピソードも枚挙に暇がない。

 本局内部に潜入しISを駆使して複数の立場を使い分けていたナンバーズのドゥーエを補足したのも彼女の手柄であると情報部がベタ褒めしていたのを思い出す。戦闘能力では勿論彼女に負けるつもりはないが、仮にレティに敵対したとして彼女を降すビジョンが全くと言って良いほど見えない。言葉で、あるいは知性で戦う彼女はまさしく、強者だった。

「火遊びするのは魔女とお話してからにするわ」
「解ってくれたようで嬉しい」
「殿方に理解あるのも美少女の魅力なのよ?」
「なのよー!」

 末っ子ヴィヴィオがアリシアを押しのけてまで主張するのを、姉貴分は彼女の頬を伸ばすことで制裁した。むにょんと伸びる頬にきゃーきゃーヴィヴィオが悲鳴をあげる。ヴィヴィオは姉貴分が構ってくれるととても喜ぶのだ。

「そんな訳で登録は明日必ずするから、今晩だけは見逃してくれるかしら」
「そういうことなら俺は目をつぶろう。執務官殿はどうだ?」
「きょ、恭也がそう言うなら……」

 保護観察官である以上法律違反を見つけた場合は当局に報告する義務があるのだが、フェイトは保護者の一人でもあり、アリシアの家族でもある。ここで見逃すことが法律的に正しいことではないのが解っていても、見逃してやるのが人情なのだろう。

 理性を無視して感性で行動する。昔はできたはずのことが執務官になってからはできなくなってしまった。それを恭也は人間としての成長だと褒めてくれるが、フェイト自身は総じて不器用になったのではと思うのだ。無邪気に恭也に笑いかけるアリシアやヴィヴィオを見て思う。自分は確かに上手く甘えることができなくなった。

「暴れ回ってた私が言うのも何だけど。状況も前に比べれば落ち着いたんだし、フェイトお姉さんも少しはゆっくりすれば良いと思うわ。お兄さんにいっぱい甘えたら良いんじゃない?」

 赤い瞳がじっとフェイトを見つめている。記憶にあるプレシア・テスタロッサは無感動に自分を見つめるか、自分を通して遠くを見てるか、苛立ちをぶつけてくるばかりだった。こんな風にフェイト個人を見つめてくることなど一度もなかったが、似ても似つかない幼い母のクローンである少女に、フェイトは少しだけ母の姿を見た。

「そうだねアリシア。ありがとう」
「別にどうってことないわ。だって家族なんだもの。そうでしょ?」

 言葉に詰まったフェイトは無言でアリシアを抱き寄せた。デバイスを持ったままアリシアはされるがままである。状況が良く解っていないヴィヴィオまでフェイトに抱き着くのを見ながら、恭也はプレシアを操作して通信を繋いだ。

「こちら恭也・テスタロッサ。状況が立て込んでるので予定の通り転移をお願いします」
『了解』

 元よりポートのある月村邸の離れには転移がしやすいように関係者のデバイスには座標が密に設定されている。転移魔法の使い手がそこに転移し易いようにであるが、逆にその座標周辺の状況を把握して、任意の座標へ引き寄せることも可能である。送りだすよりも遥かに高度な引き寄せる転移の術式を見て、フェイトの胸の中でアリシアがぎょっとする。 

 人生のほとんどを非合法組織の中で暮らした彼女は反射的に対抗呪文を編もうとするが、引き寄せの術式が見知ったものであることが解ると力を抜いた。

「お兄さん、こういうことは前もって知らせておいてくれるかしら?」
「家族の絆を深めるのに忙しいようだったからな」
「……フェイトお姉さん、ひょっとしてお兄さん拗ねてるのかしら?」
「かもね。恭也ってちょっと不器用なところがあるから」
「ヴィヴィオ、そんな奴らは放っておいて俺に捕まれ」
「はいパパ!」

 フェイトとアリシアは顔を見せわせると共に苦笑を浮かべ手を取り合う。そのタイミングを見計らったように転移魔法が発動した。着いた先は、テスタロッサ、ハラオウン、そしてアルピーノ家の入るマンションの屋上である。その屋上全体に転移の魔法陣を展開していた術者は、目当ての一行を全員引き寄せることに成功したと知ると、にっこり微笑んだ。

「こんばんは、みんな。そしてお久りぶりね、アリィ、ヴィヴィオさん」
「やっぱりメガーヌママだったのね。お久しぶり。ルーテシアさんとはその後どう?」
「順調よ。ありがたいことに親がいなくてもすくすく育ってくれてたみたいだけど、誰かさんの真似かしら。ちょーっと寡黙に育ちすぎた気がするのよね」

 じっとりとしたメガーヌの視線を恭也はしれっとヴィヴィオを盾にしてやり過ごした。いずれメガーヌが帰ってくる前提で恭也はルーテシアを預かった。自分一人で育てた訳ではない。色々な人の協力でルーテシアは真っすぐに育ってくれたが、家族関係者ほぼ全員が管理世界に関わっているのにも関わらず、彼女は管理世界には全くと言って良いほど関心を示さなかった。

 彼女の認識では、ルーテシア・アルピーノは地球人なのである。興味があるのは家族と昆虫とたまにおしゃれ。将来の夢は昆虫学者になることだということで、管理局に入ろうなどとは微塵も考えていない。

 一応、デバイスは持っていて魔法も達者ではある。ランク認定を受けるのであれば今の時点でもAランクは固いはずだが、持たざる者からすれば垂涎のその能力も、あくまで趣味の範囲に留めるのだそうだ。

 物心ついてからは初めて会ったメガーヌとの関係もとても良好であるが、娘のあまりの地球人っぷりにメガーヌの方が距離を掴みかねている所である。娘に合わせて海鳴で暮らすことに不満はないし幸せを感じてはいるが、メガーヌ・アルピーノは管理世界人なのだ。離れて暮らす娘のことをいつも思っていたメガーヌであるが、ここまで地球に馴染んでいるとは想定外だった。

 おかげで恭也が彼女の酒に付き合う時はいつもこの話になる。君がルーテシアをそそのかしたんでしょうと絡んでくるメガーヌをあしらうのは、年上に弱い恭也には中々の苦行だった。

「でもそれはまた今度。今日は家族のお祝いの席だもの。私は外で桃子さんと飲んでくるわ」
「高町夫人にはよろしくお伝えください」
「はいはい。アリィ、ヴィヴィオさん、ルーテシアをよろしくね」
「ママの娘なら私の家族も同然よ。任せておいて」
「おまかせください!」
「フェイトさんも、今日は楽しんでね」
「はい。ありがとうございます」

 あくまでにこやかなメガーヌにフェイトの返事はどこか固い。フェイトの嗅覚はまだと言っているが、恭也が年上の女性に弱いことは把握している。その内そうなるんだろうという警戒心がフェイトの表情を硬くさせていた。

 それにメガーヌは気を悪くするでもない。兄離れできていない妹分などかわいいわねと大人の余裕で対応すると、それじゃあと転移して消える。大方高町家の広い庭にでも転移したのだろうと恭也は推察する。

 長男恭也が婿入りしなのはが管理世界住まい。美由希も帰ったり帰らなかったりの日々であるので、今の高町家は十年前に比べると少し寂しい……かと思えばそういうことでもないらしく、久しぶりに顔でも見せに行こうかとなのはが実家に帰った際には、娘がいることにもおかまいなしにいちゃこらしていたとかで、その日の夜にはうんざりした顔のなのはが避難してきたことも記憶に新しい。

「さて、それじゃあ行くか。暗いから気を付けて歩くんだぞ」
「お兄さんが手を握ってくれると安心だと思うの」
「思うの!」

 期待と好奇心で目をきらきらさせた少女二人の視線を受けて、恭也は深々とため息を吐いた。大分年下の少女と暮らす機会の多い人生だったが、前向きに押しの強いタイプとは縁がなかったように思う。

 この勢いに押し切られてしまう自分を想像してのため息だったが、手を握り、二人が笑顔になるのを見ると、それでも悪くないかと思ってしまう。そんな恭也の心境の変化をただ一人見ていたフェイトは何も言わない。薄い微笑を浮かべながら、ただ、手を握りあって歩く三人の後ろをついていった。