うぃざ〜ど・おぶ・うぃざ〜ず  第二話
















「はあ…急がないと」
ここ海鳴で人気の喫茶店『翠屋』の経営者である桃子の朝は忙しい。
他の店員さんの頑張りもあるおかげでどうにか朝食は家族と取ることができるが、それ
だって確実という訳ではない。
かわいい盛りの娘達と過ごす時間が少ないのは悩みの種だが、その忙しさが誇らしくも
ある。ただでさえ、フィアッセが抜け気味になった穴を埋めなければならないのだ。
そんな贅沢も言っていられない。
「誰かバイトに来てくれないかしらね…」
今日家を出るのは彼女が最後である。
小さい少女達は今朝早く一緒になってさざなみ寮に泊まりに行ってしまった。
フィアッセはここしばらくコンサートに出かけていたのだが、今夜帰ってきてここで飲
み明かすことになっている。
アイリーンも連れて来ると言っていたから、賑やかになりそうだった。
恭也は学校を卒業して今は春休み中で本来なら家にいるはずだが、彼は今一人で山篭り
をしている最中である。
美由希がいなくて拗ねるかとも思ったのだが、たまに那美が様子を見に行ったりしてま
んざらでもないらしい。
まったく…と苦笑しながら靴を履いて――電話が鳴った。
「はいはい…」
すぐさま家の中に取って返して、電話に駆け寄る。
「もしもし、高町です」
『桃子さんですか?お久しぶりです。美沙斗です』
「ああ、美沙斗さん。お久しぶりです」
実の母親と育ての親。
普通ならば両者の間にぎこちなさがあってもいいような物だが、不思議とこの二人は波
長が合うようだった。
今は遠く香港で働いている美沙斗であるが、こうして電話をかけてくることも少なくない。
美沙斗と話している時の美由希は本当に楽しそうで、それを見ると桃子は自分のことの
ように嬉しくなるのだ。
仕事に行く前であることも忘れて、しばらく二人は世間話に華を咲かせた。
ややあって…
『それで…美由希はいますか?』
当然、美沙斗の関心は美由希に向いた。
だが、当の美由希は今この家に…いや、この国にいないのだった。
「ああ…すいません。美由希昨日から旅行に出かけちゃったんですよ」
『恭也君達とですか?』
美沙斗が不思議そうに聞き返す。
美由希が旅行と言うのに、桃子が残っているのが気になったのだろう。
それを察した桃子は必要以上に明るい声で答えた。
「いえ、違うんですよ。相川さんって方に誘われて―」
がしゃん!!!
そんな音の後に、電話の向こうが沈黙する。
桃子が首を傾げながら待っていると、しばらくして美沙斗は復活した。
『すいません…』
「だいじょうぶですよ。相川さん信頼のおける方ですから」
慌てずに桃子はフォローするが、美沙斗の口調には少し陰りがあった。
『それは疑っていませんが…そうですか。美由希ももうそんな年になったんですね』
そう言う美沙斗の声は感傷に満ちていた。
彼女自身今の美由希の年には御神の家に嫁ぐという中々に珍しい人生を送っているのだ
が、いざ娘にそういうことが起こってみると複雑なものである。
だから、その質問はしごく当然のものだった。
『その…相川さんというのはどんな方なんですか?』
実の娘が母親の知らぬ男性と旅行に行っているのだ。
裏の世界では恐れられていた美沙斗と言えども心配にはなるだろう。
だが、美由希が真一郎の話を美沙斗にしていないのは桃子にとって意外だった。
旅行の誘いに二つ返事で頷くくらいの仲なのだから聞いていてもよさそうなものだが…
そこまで考えて桃子は苦笑した。
美由希だからこそ言わないのだろう。
そういうことに関しては、兄の恭也に似て奥手な娘なのだから。
「綺麗な顔をした方ですよ。最初見た時は女性かと思っちゃいました」
桃子も真一郎の人となりを自分の主観も交えて正直に話す。
美沙斗は桃子の説明の1つ1つに相槌を打ちながら真剣に聞く。
話の中には、真一郎に関して悪い点は見られない。
退魔師という言葉に少し引っかかったようだが、それを言ったら御神流だって似たよう
なものだ。
彼女達にとって、職業の特殊性というのはマイナスにはならない。
一通りの説明を聞き終わって、電話の向こうの美沙斗は安堵のため息を漏らしたようだ。
「安心してくださいました?」
『一応は…今度そちらに伺う時には会いたいものですね』
「いい方ですから、美沙斗さんも気に入ると思いますよ」
『それはそうと、美由希はどこへ行ったんですか?』
「ドイツ…だそうですよ。何でも相川さんの先生に会われるとかで、美由希を誘いに来
たんですけど」
『また…思い切ったことをする青年ですね』
「そうですね。でも、心配ないみたいですよ。相川さんの他にも一緒について行くみた
 な話をしていましたから」
『二人きりではなかったんですか?』
「ええ…他にも女性が数人同行するみたいです。美由希とも面識のある方達で、私も何
度か会ったことがありますけどいい方達ですよ。相川さんのお仕事仲間だそうで、普
段は相川さんと一緒に暮らしているそうなんですけど―」
『…そう、ですか…』
その若干の間に、美由希か恭也だったら何かを感じ取ったことだろう。
だが、幸運にも桃子はそういった類の気配には極めて鈍感だった。
『ああ、すいません。お仕事に行く時間でしたね』
「いえ、構いませんよ。またいつでもかけてきてくださいね」
『ありがとうございます。では…』
電話の向こうにいる美沙斗に頭を下げて桃子は電話を切った。
何気ない仕草で時計を見ると…かなりやばい時間だった。
そのまま急いで支度をすると、桃子はスクーターに乗って出勤していった。










その頃、警防隊本部では…
いきなり休暇届を出して、完全武装で飛び出そうとしていた一隊員を副隊長を始めとし
た屈強な男達が必死になって止めていた。
普段温厚である彼女は、その時は鬼のような形相をしていた…と副隊長は後になって語る。
そこまでして彼女はどこに行きたかったのか?
止めに入って怪我をした隊員は『ドイツ』という単語を聞いたような気がすると言って
いたが、それにしても確信はない。
結局、その隊員自身冷静になって口を閉ざしてしまったために、その件はそれ切りだった。
よく分からないうちに始まって、何だか分からないうちに完結してしまったこの事件だが、
隊員達は心底、一時であれ彼女の怒りの矛先になった人物に同情していたという…
















木…
ずっと左からずっと右に首を動かしても、見えるのは木ばかりだった。
海鳴にだって存在しないくらいに深い深い森。
その入り口で、真一郎一行は立ち止まっている。
ここまで一行『四人』を乗せてきたタクシーは彼らを降ろすとさっさと帰ってしまった。
地元では何かと曰くのついている森である。
そんな森に好き好んで近付く人間はいない。
その物好き達四人は森の入り口に腰を下ろしてそれぞれの荷物を漁っていた。
「ここが目的地なんですか?」
この場所を訪れたことのない美由希は、飛針のホルスターを両手首に巻きつけながら尋
ねる。
昼間なのに薄暗い森はとにかく不気味で、怪談の苦手な美由希は早くも腰が引けていた。
「ああ、そうだよ。この森の中にあるひろ〜い館に俺の先生が住んでるんだ」
同じく荷物から得物の『骸手』を取り出して付けながら、真一郎が答える。
雪とざからは森の少し奥に入っていってそちらで着替えている。
二人ともこれから起こることを知っているから、その手際は慣れたものである。
雪は美由希にも着替えるように薦めたのだが、いつも夜の鍛錬の時に着ている服らしく
彼女はその申し出をあっさりと断った。
「一年ぶりくらいかしら、あの人に会うの」
真一郎の背後にいきなり気配が出現する。
ドイツの森の前だと言うのに、古風なセーラー服。
言わずと知れた真一郎の守護霊、春原七瀬嬢である。
飛行機代の節約のため、日本出てから彼女はずっと真一郎の『中』にいた。
おかげさまで彼女と無言の会話を延々と繰り返していた真一郎は少々寝不足気味である。
「一年以上になることはないでしょ。そんなに会ってなかったら先生切れるよ?」
笑って七瀬に答えて、真一郎は足元の荷物の一つがぱたぱた動いているのに気付いた。
しゃがんで荷物の口を緩めると、中から溜まりかねた様子の久遠が飛び出してきた。
飛行機は真一郎達と一緒に乗ってきた彼女だったが、タクシーが定員オーバーだったた
めに荷物と一緒という大変不名誉な扱いを受けていたのだ。
「ごめんね、久遠」
近寄って真一郎が謝ると、狐の姿のまま久遠はぷいと顔を背けた。
拗ねているらしい彼女に真一郎はひたすらに頭を下げつづける。
鬱蒼と茂る森の前で狐に謝る美青年というのも凄い絵であるが、しばらくしたら久遠も
許してくれたようで、幼体になると真一郎の頭を撫でた。
「ありがとう」
真一郎は久遠の頭を撫で返すと、立ち上がって森の先を見た。
前に来た時と何ら変わることはない。それだけに不気味だった。
何しろ相手は真一郎達の『師』である。
しなくてもいい暇つぶしにはすべてを賭けるような人だけに油断はできない。
「おまたせしました」
着替え終わった雪とざからが出てきて、真一郎の一行は全員揃った。
雪は白と紫を基調にした和装で、手には杖を携えている。
さからはいつもの式服に体には少しばかり大きい愛刀、魔剣『ざから』を下げている。
完全武装。美由希も装備を整えたようで、これでほとんど準備万端である。
「さて、後は久遠だけだね」
再び真一郎は久遠の前にしゃがんで、彼女と目を合わせた。
「いい、練習した通りにやれば大丈夫だから。集中して、なりたい姿を思い浮かべる…」
真一郎の言葉の通りに、久遠は目を閉じて集中した。
彼女の霊力がとたんに活性化し小さな体は淡い光に包まれる。




久遠の修行は力のコントロール、その一点につきた。
元の霊力はこのメンバーの中でも随一の彼女である。
残念ながらまだ使いこなす所まではいかないが、それでもかなり早いスピードで久遠は
成長している。
そんな成果の中では、変化の上達が一番早かった。
今の状態なら、狐でも幼体でもそしてもっと違う姿でも思いのままだった。




光が一際大きくなると、久遠は彼女のなしたいことを成功させていた。
ゆっくりと体を起こす久遠に真一郎は惜しみのない拍手を送る。
「成功。凄いよ、久遠」
幼体から成体に変化した彼女は微笑みながら、変わった体の感触を確かめるようにその
場で一回転した。
「……」
これに驚いたのは美由希である。
なにしろ、妹のなのはと同じくらいの身長だった久遠がいきなり成長してしまったのだ。
しかも身長もスタイルも負けている。これは、美由希にとって結構な打撃だった。
「本当に…久遠?」
「ほんとだよ。久遠は、久遠なの」
成長しても相変わらずに邪気のない微笑みを返す久遠。
その笑顔の眩しさに、美由希はかえって戸惑って目を逸らした。
それを久遠は首を傾げて眺める。
「さて、これでみんな準備はできたね?」
一応のリーダー格である真一郎が全員をぐるりと見回す。
「さて、俺達はこれから先生の家まで行きます。その家はここから一キロとちょっと。
 美由希ちゃんと久遠は初めてだけど…慌てないでね、とにかく」
「あの…何かでるんですか?」
「出るのは自信あるけど、何がどれだけ出るのかは自信持てないなぁ」
『骸手』を付けた手で、真一郎が頭をかいた。
美由希も、たかが先生の家を訪ねるだけでここまでの武装をするのをおかしくは思って
いるだろう。
慣れている真一郎だって、未だに理不尽に思うことがあるのだから無理もない。
だが、何度言った所で彼らの『師』はやめないだろうし、少なくとも真一郎には彼女の
悪戯に付き合う義務がある。
真一郎が頼めば『師』は彼女達だけでも先に連れて行ってくれるのだが、実際にそれを
やろうとしたら、彼は丸三日彼女達に口を利いてもらえなかった。
今回は、美由希と久遠も一緒にいる。
理不尽な悪戯に付き合わせることに関しては悪く思うが、これも運命と諦めてもらうよ
り他はない。
「俺と七瀬が先頭、久遠と雪さんがそれに続く。美由希ちゃんとざからは、俺たちから
 少し間を開けてついてきて」
「どうして間を開けるんですか?」
「う〜ん…まんべんのないエンターテイメントのため…かな?」
歯切れの悪い真一郎の説明に美由希は首を傾げる。
説明不足なのは分かっているが、今ここで説明しても『師』の人間性は解かってもらえ
ないだろう。
とりあえず美由希への説明はそれで打ち切って森の奥―師の家がある方向に目を向けた。
「とにかく家に着くまでは慌てないこと。これだけ守ってれば、美由希ちゃんくらいの
 腕前があればしなくてもいい怪我はしなくても済むよ」
真一郎の隣りに七瀬が立つ。
久遠は雪と一緒に真一郎達の後ろへ、美由希はざからと一緒にその後ろにつく。
もう一度全員を見回してから、真一郎は大きく息を吸い込んだ。
「行くよ!」
誰かに告げるように真一郎は声を上げ、七瀬と並んで森を疾走する。
すると、彼らの道を塞ぐように地面の土が盛り上がった。それらはわずかな時間をかけ
て人の形を取った。その数およそ十数体。
「マッドマンか…先生にしては普通じゃない?」
「私達よりも後ろの新顔さんの方が気になるんでしょう」
「言えてる」
進路に立ちふさがるマッドマンを物ともせずに、二人はスピードを上げる。
先頭にいたマッドマンが真一郎達を補足。十分に近付くのを待ってから腕を振り上げ―
真一郎達はいきなり姿を消した。
実際には真一郎はマッドマンの肩に手をついて飛び上がっただけなのだが(七瀬は本当
に姿を消したのだが)、思考の単純なマッドマンはそれを理解することができない。
対処すべき目標を見失って動きの止まるマッドマン達。
が、それらが動き始めるよりも早く、雪が動いた。
「霧氷!」
走りながらでも良く通る声が森の中に響く。杖をマッドマン達に向け、振る。
一瞬、霧のようなものがマッドマンすべてを包んだ。
それは本当に一瞬だけ。だがそれだけで命を持たない泥人形達は氷付けになった。
「久遠、お願い!」
雪の隣りを走っていた久遠が前に出る。
久遠は不気味なオブジェと化したマッドマン達を睨み、短く吠える。

ずだんっ!!

雷が閃いた。
久遠の放ったそれは狙いたがわずマッドマン達すべてを打ち滅ぼす。
「久遠、ないす!」
もはや土塊とかしたマッドマンを尻目に走りながらウィンクする真一郎に、久遠は会心
の笑みを浮かべてその後に続いた。








「……」
「どうしたんですか?ぼ〜っとして…」
「真一郎さん達…強かったんですね」
呆然と真一郎達の戦いっぷりを見ていた美由希は、やはり呆然とした口調で呟いた。
言われてみれば、美由希は真一郎がまじめに戦っている所を見たことがなかったのである。
恭也との仕合や赤い目を見せてもらった時の動きなどを元に、真一郎の強さを美由希があ
る程度推し量っていたつもりだったのだが…その推論は的外れだった。
「私のご主人様なんですから、当たり前です」
まるで自分のことのように誇らしげにざからは胸を逸らした。
この少女も真一郎の仲間の一人…あんな動きをできるような集団の一人なのだ。
武人とも言うべき人間を何人も見てきている美由希だが、この少女の力量だけは全く計
り知れない。
なんと言うのか…強いという感じが全くしないのだ。
真一郎や恭也、美沙斗が持っている物がざからには完全に欠如している。
「あ、私の強さを疑ってますね?」
考えが顔に出ていたのか、ざからが美由希を見上げるようにして睨んだ。
なにやら色々と言い訳めいた言葉が頭の中に浮かぶが、それらは全て美由希の中に忘れ
去られる。結局―
「ごめんなさい…」
ぺこりと頭を下げる。
強さを誇りにしている人間にとって実力を疑われるのは侮蔑に等しい。
謝られたざからは困ったような表情を浮かべてから、背伸びして美由希の肩を叩いた。
「気にしてませんからだいじょうぶです。それに―」
言葉を切って、ざからは長刀の柄を頭上に翳した。
するとやたらと軽い音と共に、美由希の視界に割ってはいる物があった。
気配を感じさせなかった攻撃に、美由希は思わず目を剥く。
「パペットですか…」
ざからの声は当たり前の物を見ているかのように落ち着いている。
パペットと呼ばれた木人形は受け止められた拳を引き、目の前の少女達に連撃を浴びせ
ようとして――その動きは止まった。
「遅いですよ」


きんっ。


軽い金属音。
それが鞘走りの音だと気付いた時には、木人形は左右真っ二つに両断されていた。
「え…え?」
何が起こっているのか解かっていない美由希。
ざからは両断した木人形の残骸を道の端に蹴飛ばすと美由希を振り返り、不敵に微笑ん
でみせた。
「いい機会ですから、私が一人で戦います。美由希はそこで見ていてください」
見回すと両断された木人形と似たような物が十数体、美由希達を囲んでいた。
実力自体は大したことはないだろう。
さっきの通りの実力だったら、美由希が相手にしていたところで同じことだ。
ただ、未知の物に対する恐怖というのは残る。
十数体もの不気味な木人形に囲まれたら、美由希だって遅れを取るかしれない。
加えて、木人形達も決して弱い訳ではない。
先ほどのマッドマン程の鈍重な腕力はないが、その代わりに素早さがある。
その木人形が十数体。いくらざからでも苦戦は免れない…美由希はそう思った。
木人形達すらそれを感じているかのように、実にゆっくりと間合いを詰めてきている。
「たかが人形が私を舐めるなんて…十年早いですよ。私に勝てるのは…」
ざからは木人形の集団を一瞥して、そのうちの一体に狙いを定めた。
『ざから』を鞘に納めたまま腰だめに構え、体ごとそちらを向く。
そして―動いた。







それから起こったことは、美由希でなければ認識できなかっただろう。
気が付いた時には、その木人形は上下真っ二つにされて地面に転がっていた。
木人形の集団が動きを止める。その間に、近くにいた二体が同じ運命を辿った。
ざからがその方向を向いた瞬間に、その先にいた木人形達がスクラップになる。
そんな冗談のような光景が数回繰り返された。
凡人なら、いや並みの達人でも木人形が勝手に壊れていっていると思うだろう。
だが、美由希はこの速やかな破壊をある程度正確に認識していた。これは―
「居合…」
しかも、並のレベルではありえない。
ある程度剣の速さに慣れている美由希ですら抜く手を見るのがやっとだったのだ。
おそらく相手が頑丈な鎧に身を包んでいたとしても、結果は同じだろう。








「まだまだ、こんな物は児戯ですけどね」
最後の一体をスクラップに変えて、ざからは振り向いた。
「本当はもっと豪快に戦う方が好みなんですけど…」
「これで、児戯なの?」
「そうですよ。私にかかればどうってことありません」
えっへん、とでも言うようにざからは胸を逸らした。
ざからに『強さ』を感じないのを美由希はこの時初めて理解した。
安っぽい強さを誇示する必要もないほど、この少女の強さは圧倒的すぎるのだ。
「ざからはどうして真一郎さんと一緒にいるの?」
ざからが真一郎達と出会った経緯は真一郎から聞いている。
この少女が強い人間を求めていることも聞いていた。だからこそ解せない。
確かに真一郎は強いだろうが、それはあくまで人間レベルでの話だ。
いつだったか恭也は負けたと言っていたが、それだって圧倒的な物ではなかったはずだ・
油断しなければ、実力に開きがあったとしても五本に一本くらいは取れるだろう。
しかし、ざからと戦えば恭也だろうが美沙斗だろうが勝てるはずはない。
真一郎も恭也も強い。だが、ざからにとってはただそれだけの話だ。
「ご主人様…だからでしょうか?」
美由希の質問にしばらく首を傾げてから、ざからは答えた。
「一応ちゃんと強いですし、それにまだ見込みがあります。これから…百年くらい頑張
れば私と互角くらいにはなるかもしれません」
「ひゃ…百年?」
純粋な人間の寿命には何とも気の遠くなる話である。
美由希がそんな単純なことに驚きを感じていると、ざからは事も無げに言った。
「もっとも、美由希だって見込はありますよ。頑張って、私と戦えるようになってくだ
 さいね」
「……え?」
「だから、ご主人様と同じくらい美由希には見込があるんです。私と、戦える」
「…どうして私なの?」
「よくは分かりませんけど…『ふぃ〜りんぐ』とでも言うんでしょうか?そんな感じが
 するんです」
言うにことかいて『ふぃ〜りんぐ』である。
ざからほどの実力者のそれなら喜んでも良さそうなものだが、何故だか美由希は素直に
喜べなかった。
圧倒的なまでの実力を見せ付けられたあとなので実感が沸かないというのもある。
ただ、この少女の領域に踏み込むことが恐れ多いような気がしてしまったのだ。
「さて、ここは片付きましたから先に行きましょう。ご主人様達が待ってます」
自身の銀に近い白髪をリボンで結びなおして、ざからは美由希に向き直った。
そこにいるのはただの少女。強さを求めながらもそれを感じさせない、普通の少女だった。
抜く手を見せずに人形を両断もするけれど、この少女は―ざからはこういう少女なのだ。
「うん、行こう!」
暗い考えを振り切ると美由希はざからの手を取って全速力で駆け出した。
















「真一郎、どいて!」
七瀬の声を聞いて、真一郎はわずかに上体を逸らす。
だんっ!!!
中々に豪快な音と共に、近くにいた木人形の上半身が粉々の砕け散った。
ショットガンもかくやの威力であるが、その正体はただの石である。
ただ、七瀬の念動によって加速されたそれらは常識外の威力を発揮していた。
「さんきゅ、七瀬」
自分と一緒に立ち回りを演じている七瀬にウィンクを送ると、真一郎は自分の戦いに専
念した。
それにしても、良く出てくる。
最初のマッドマンなど序の口だったのを思い知らされた。
美由希達に先行した真一郎達を待ち受けていたのは、それこそRPGにでも出てきそう
なガーディアンの大群だったのである。
マッドマンにパペット、スライムにブロム。
空からはガーゴイルが振ってくるし、木の陰にはギズモがいた。
これでキメラでもいれば完璧であるが、そこは安心。『師』はそういうスプラッタな物
は好みでないのだ。
もっとも、この際それは何の助けにもならないが…
とにかく『師』の家までのこの森の道はこんな連中の巣窟だったのである。
いつものことなので驚きはしないが、よっぽど暇なんだなぁとは思う。
今度からはちゃんと電話でもしてあげようか…などと殊勝なことも考えながらも、後ろ
から迫ってきたマッドマンの腕を振り返りもせずに掴み、問答無用でへし折る。
そして、振り返りざまに吼破を叩き込みそのマッドマンを土くれに変えた。
危なげない上に何気ない動作だが、真一郎達の動きは洗練されていた。
彼ら四人が、一つの集団として完全に機能しているのである。
真一郎が当たり前のように体を退けると、その先にいた敵を七瀬がしとめる。
雪の死角から敵が迫っていたら久遠の雷がそれを叩き落し、真一郎がとどめを指す。
誰かが危なくなったら誰かが助ける。それが当たり前のように行われているのだ。
これを真一郎達とまったく関係のない人間が見たら驚嘆するだろう。
専門に訓練をつんだプロだったとしても、こうまで動けるはずはないのだから。
「真一郎さん!」
「ご主人様、生きてますか!?」
後ろから、美由希達が駆けてくる。
「おう、生きてるよ!」
空中に浮いたままのガーゴイルを相手にしながら答える真一郎。
美由希はその近くにいた木人形達を相手に取り、ざからは彼女をその場に残して並み居
る敵を切り倒しながら、直進してくる。
「何か指示はありますか!」
「蹴散らして!一体も残さずに!」
「心得ました!」
『ざから』を抜き放つと、ざからは正面の敵の集団に突っ込んでいった。
一瞬ほど遅れて『ばきっ!!』とか凄まじい音が聞こえてくるが、とりあえず無視して
自分の分の敵に専念する。
「おっと!」
突き出されるガーゴイルの鉤爪。
真一郎はそれをなんなく避け、掴むと渾身の力を込めて地面に引きずり落とす。
仰向けになったガーゴイルと一瞬目が合い―
「悪いな」
一応断ってから霊力を乗せた『骸手』で頭部を破壊する。
これで何体目か…途中までは数えていたのだが忘れてしまった。
辺りには木人形の残骸や土くれ、ガーゴイルの頭部などが散乱している。
よくよく観察してみると所々の地面には意味不明な粘着質の液体が付着していて、見る
ものの気分を悪くさせてくれる。
毎度のことながら実にユニークなお出迎えだと思う。
まあ、自分達の腕を信頼しているからこその娯楽なのは理解しているが、とにかく疲れる。
(とにかく、こんなもんで打ち止めかな。後は家まで少しだし―)



――――――!!



何の脈絡もなく地面が揺れる。
見ればこの辺りにいた敵は全て一掃したようだった。
美由希もざからも各々の武器についた汚れを落としながらこちらに駆け寄ってくる。
「地震ですか!?」
「いや…ここで地震なんて起こらないでしょ」
根拠のない憶測だったが、それはすぐに形をなって現れた。
百メートルくらい先の地面が大きく割れる。
それは一昔前のロボット物のアニメのようだった。
熱いBGMがかかってでもいるかのように、堂々と競りあがってくるそれら。
パイロットは流石に乗っていないようだったが、『師』にしては珍しい演出である。
「るぐぉぉぉーーー!!」
そうこうしている内に雄叫びの似合いそうなポーズでゴーレム達の登場は終わった。
その数三体。どれも見上げるくらいの大きさで頭部には大きく『emeth』の文字。
「また先生も手の込んだもの作ったね…」
もはや何が出てきた所で驚かない真一郎達は、ゴーレム達を見上げてのんびりとした感
想をもらした。
「そんなのんびりしてていいんですか!?ほら、動いてますよ!」
一人慌てる美由希に、真一郎は一同を振り返って…
「あれ、相手にしたい人」
「はい!」
手を上げたのはざから一人だった。後の女性人は首を横に振っている。
男性である自分には選択権がないとして…それでもゴーレムは残り一体である。
すると自然に真一郎の視線はスライドして、隣りにいた美由希に止まった。
「何か、すごく嫌なこと考えてません?」
「きっと多分その通り。いや、俺とざからで片付けてもいいんだけどさ…」
真一郎達にかかればゴーレムなどただ大きいだけの石の塊である。
あの太い腕で殴られたらそれは痛いだろうが、要は当たらなければいい話だ。
だが、ゴーレムは誂えたかのように三体いる。この場で真一郎の取るべき行動は…
「美由希ちゃん、これは試練なんだ」
「試練…ですか?」
「そう。俺もざからもここに最初に来た時はこんなのを相手にしたんだ…」
なるべく真剣に見えるように心がけて、美由希の肩に両手を置いて真摯に見つめる。
ちなみに、そんな事実はない。
ここに来た時の真一郎がゴーレムと戦っていたら、間違いなくあの世行きだった。
嘘はあまり好きではないが、ここまできたら必死である。
『師』の機嫌を損ねでもしたらことだし、かと言ってついてきてもらった美由希に無理
強いはできない。あくまで、『進んで』参加してもらわなければならないのだ。
案の定、その言葉に美由希は迷っている様子だった。
無理強いはできない。美由希の返事を真一郎は辛抱強くまった。
向こうの方では、ゴーレムも律儀に並んで自分達の出番を待っている。やがて―
「…分かりました」
「ごめん。助かるよ」
「いえ、真一郎さんの頼みですから」
「ごめんね。それはそうと、あれの弱点って分かる?」
「昔、何かの本で読んだような気がするんですけど…」
その知識を確かめるように首を傾げてから、美由希はそれを真一郎に耳打ちした。
「そう、それでいいんだ。美由希ちゃんなら大丈夫だと思うけどくれぐれも気をつけて」
「はい。がんばります」
美由希の返事を聞いて、真一郎とざからはそれぞれの相手にするゴーレムの元へ駆けて
いった。









三体のうち、美由希の相手にするのは一番手前のゴーレムである。
ぱっと見た感じでは、三体の中では一番小さい気がしないでもない。
まるで、真一郎達の中で最初から美由希が相手になるのが分かっていたかのような、そ
んな組み合わせである。
(そんな訳ないか…)
頭の中のつまらない考えを追い払って、美由希は表情を引き締めた。
交差差しにした二本の愛刀に手を置いて、油断なく構える。
ゴーレムはゆっくりとその大きな腕を振りかぶり―――美由希に向かって思い切り振り
下ろした。
空気を裂く凄まじい音と共に迫り来るそれを、美由希はバックステップして避ける。
腕は勢い余ってそのまま通り過ぎ、その先にあった木を数本なぎ倒して止まった。
ゴーレムは美由希を仕留められなかったことに首を傾げて、再度腕を振り上げる。
「弱い…」
実戦は片手で数えられるくらいしか経験したことのない美由希だが、彼女はこのゴーレ
ムの実力をそう分析した。
確かに力は強い。攻撃の速度も侮れないものがあるが、動きが単純すぎるのである。
美沙斗や恭也には及ぶべくもない。無論真一郎と比べても雑魚だった。
もう一度、今度はさっきよりも大きく構えるゴーレム。



単純な動きには穴がある。美由希は全神経を集中してその時を待った。
しばしの間――そして、ゴーレムは渾身の力を込めてその腕を美由希めがけて薙ぎ払った。
向かって、左肩に振り下ろされてくるその腕。美由希はそれをめいいっぱい引き付けて―
頭の中のスイッチを入れた。


御神流奥義の歩法、『神速』


モノクロに染まった世界で、ゴーレムの腕の速度が遅くなる。
美由希は地を蹴った。
ゆっくりと薙ぎ払われるその腕に飛び乗り、そのまま駆け上がる。
ゴーレムの頭部まで一直線。その間に、美由希は左腕を引き絞り力をためた。
視界に色が戻る。
急に横方向に加わる加速度に吹き飛ばされそうになりながらも耐える。
頭部の『emeth』の文字。昔何かの本で読んだ。ゴーレムの弱点はそれ…
十分に引き絞った左腕を頭部に向け、頭部に狙いを定める。
今ごろ消えたことに気付いたのか、腕の動きを止めたゴーレムの目が腕を走る美由希の
方を向いた。
当然、『emeth』の文字もこちらを向く。美由希にとってまたとないチャンスだった。


『御神流奥義の参、射抜』


肺の空気をはきながら踏み込んで一気に加速する。
タイミングを合わせて左腕を突き出し、美由希は溜め込んだ力をその刀に集中して突き
刺した。
確かな手応え…突き刺さった『龍麟』を残し、美由希は飛びのく。
だが、『emeth』はゴーレムの弱点である。弱点を攻撃された訳だから致命傷にな
る訳で…
「はや!?」
足場にしていたゴーレムの肩が突然崩れて、美由希はバランスを崩した。
何とか持ち直そうとしてもゴーレムの体全体が崩れだしているためどうしようもない。
健闘も空しく、美由希はゆっくりと背中から落下した。
迫ってくる地面。投げ出された体勢が体勢だけに、空中で姿勢を直すこともできない。
(助けて!)
その心の叫びが届いたのか、物理法則に逆らって美由希の落下速度が遅くなって…そし
て、完全に止まった。
ふよふよと頼りなげに浮きながら、美由希はゆっくりと地面に降ろされる。
きょとんとして辺りを見回すとこちらに人差し指を向けている七瀬と目が合った。
笑顔を向ける彼女に空中に浮きながら美由希は頭を下げる。
そして、優しく地面に降ろされるとすぐ心配そうな真一郎が駆け寄ってきた。
「大丈夫?美由希ちゃん」
「真一郎さん」
「ありがとうね。俺が押し付けたのにやっつけてくれて」
「いえ、お礼はいいんですけど…」
真一郎も美由希と同じくゴーレムを相手にしているはずである。
彼らが戦っていた方を見てみると、同じくらいの大きさに輪切りになった岩の塊と土饅
頭が一つずつ…
ざからは岩の塊の方に取り付いて、剣でなにやらばしばし叩いている。
「真一郎さん達もやっつけちゃったんですか?」
「一応ね。こういう手合はなれてるから楽だけど…」
事も無げに答える真一郎に、美由希は改めて彼の凄さを感じた。
「あ…美由希ちゃんの小太刀大丈夫?」
言われて、美由希は初めて思い出した。父親の形見である『龍麟』はゴーレムと一緒だ。
練習刀だったらそのまま放っておいてもいいかもしれないが、御神流当代の証でもある
のでそうもいかない。
「掘り出して来ます」
と、回れ右をして美由希は立ち止まった。
そこには美由希が倒したゴーレムの残骸がある。
倒して残骸になっただけに元が土でできているゴーレムは土の山になっている。
当然、それを倒すのに使った『龍麟』はその山の下だ。
呆然としていると、七瀬が後ろから美由希の肩を叩いた。
力なく振り返って彼女に頷くと、二人力のない足取りで土饅頭に向かった。












「大変だねえ」
近くにあった岩に腰を降ろして、土饅頭を掘り返す美由希達を見ながら真一郎は人事の
ように呟いた。
幼少組は真一郎の隣りでなにやら幼少な会話をしていて元気そうだ。
意味不明な襲撃にあって久遠も参るかとも思ったが、この少女は中々元気だった。
これならきっと『師』とも仲良くなってくれるだろう。
などと一人で考えていると、今まで辺りを調べていた雪が真一郎に寄って来た。
「真一郎さん…これで、全部でしょうか?」
「だろうね。ゴーレムまでだしたんだから、先生もこれで飽きるでしょう」
腕を組んで、真一郎は辺りを見回した。
三体のゴーレムの残骸が加わって、辺りの森の様相はさらに凄いことになっている。
美由希の実力も、さっきのゴーレムで見ることができただろう。
『師』がガーディアンをこちらに嗾ける必要はもうないはずである。
「行こうか。そろそろ、先生も飽きたころでしょう」
「行くって…どこにですか?」
『龍麟』のサルベージを完了させた美由希が問うてくる。
辺りにはガーディアンの残骸と森以外には何もない。
目を凝らして見てみても、森はかなり先まで続いているように見える。
今までの景色と何ら変わることはない。
だが、真一郎は美由希の不思議そうな顔を見て、おかしそうに笑った。
「もちろん、先生の家だよ」
その笑いの意味を図りかねたのか、美由希は首を傾げる。
真一郎は黙って道の先を指差した。そこには何もない、ただ道が続いているだけで―
「…え?」
美由希には、一瞬空間が歪んだように見えた。
その歪みは徐々に徐々に大きくなって、やがて前方の視界を全て覆い尽くすまでになる。
美由希と久遠はぽかんとして、その光景を見つめている。







気付いた時には、そこの風景は一変していた。
そこには家…と言うよりも屋敷があった。
美由希の住む高町家も世間の基準から言えば十分に大きい家だが、この屋敷はそれがウ
サギ小屋にでも見えそうなほど大きかった。
ドイツであるだけに洋風で、月村邸を彷彿とさせるような造りである。
それが、いきなり出現したのだ。
ついさっきまで何もなかったはずの空間に、その屋敷が現れたのである。
「さて、行こうか」
真一郎の号令でぞろぞろと歩き出す一同。驚いていた美由希と久遠も彼らに続く。
大きなドアの前で真一郎は立ち止まった。
自分の心を落ち着けるように深呼吸をして、ノッカーに手を伸ばしドアを叩いた。
その音が辺りに響く。それ以外の音は、彼らの呼吸音以外にない。
「これでいいんですか?こんなに広いお屋敷なのに…」
「て言うか、このノッカーだって必要ないはずなんだけどさ、本当は。俺達がここに来
てるのに先生が気付かないはずないし…」
「神出鬼没がモットーみたいな人だから美由希も気をつけた方がいいわね。気を抜いて
ると、いきなり後ろを取られるかも」
「あはは…まさかそんな―」
「七瀬ちゃん。勝手に人の先を読んじゃいけませんよ」
いきなり背後から聞こえてきた声に美由希は心臓が飛び出そうなほど驚いて、手近にい
た七瀬の後ろに隠れた。
背後に現れた人物は、美由希のその反応に満足そうに頷く。
悪戯っ子のような、それでいて気品を損なわないようなそんな不思議な笑みである。
「先生…初めて来た人をそんな風に脅かさないでください…」
真一郎がため息をついてその人物に歩み寄るが、彼女は彼を無視して通り過ぎた。
「七瀬ちゃん、ざからちゃん久しぶり。元気そうですね」
「もう死んでるから元気ってのは違うかもしれないけど…そうね、元気よ」
「私は元気もたくさんある自慢の一つですから」
各々の返答に彼女は頷いて、二人の頭をよしよしと撫でる。
「あの…エリザベート先生?」
エリザベートと呼ばれた女性はどこか寂しそうな真一郎をさらに無視する。
「雪ちゃん、だいぶ腕を上げたみたいね。嬉しいです」
「これでもエリザ先生の弟子ですから、ちゃんと精進しましたし」
無視…さらに無視。
美由希と久遠がいるのも忘れて、真一郎は久しぶりに本気で泣きそうになった。
「エリザ…」
観念して、名前で呼ぶ。
そうしてやっとエリザは真一郎に振り向いた。
腰に手を当てて、怒っていることを主張している。
「ちゃんと名前で呼ぶように…この前そういったでしょ?」
「ごめん…すっかり忘れてた」
「でも、いいですよ。ちゃんと呼んでくれたんですから…」
エリザは真一郎の正面に立って微笑った。そして、真一郎を抱き締める。
あっと美由希が声を漏らすのが聞こえた。
少しだけ恥ずかしいような気もしたが、真一郎はエリザの背中に腕を回した。
「久しぶり、真一郎。女の子みたいな顔は相変わらずですね」
「エリザこそ…いい年してかわいいじゃない。それは何か間違ってると思うよ」
「いいです。私だって女の子なんですから」
体を離して、エリザはむくれて見せた。
久しぶりに会う彼らの『師』は相変わらずの人だった。
美由希と久遠はまだぽかんとして、真一郎達を見つめている。
さて、どう説明をしたものか…と、着いて早々真一郎は頭を悩ませることになった…