うぃざ〜ど・おぶ・うぃざ〜ず  第三話



















エリザベート・ドロワーテ・フォン・エッシェンシュタイン。
長い名前だと今でも思う。
綺麗な銀髪を肩まで伸ばし、物腰はとにかく穏やか。
調和の取れたプロポーションに、大抵の嗜好の人間でも美人と答えるだろう容姿。
無理をして風芽丘の制服を着れば何とか十代でも通用するかもしれない、と真一郎は考
えているのだが、彼女の前では絶対に言わない。
(本気で実行しようとするからなぁ…この人は…)
不用意な発言から言うに耐えないことを招いた過去をいくつか思い浮かべて、真一郎は
苦笑した。
本人にとっては悪戯のつもりなのだろうが、彼にすればそれに付き合うのは命がけである。
真一郎は彼女ほど頑丈ではないし聡明でもない。
それはエリザも分かっているのだろうが、残念ながらやめてくれる気配はなかった。
おかげでこの奇妙な里帰りの時は、決まってこんな調子である。
大人の雰囲気を持ちながら、それと同時に子供のような雰囲気を持っている…それがエ
リザを知る数少ない人間が抱く最初の感想だった。
「外では、あまり大変ではなかったみたいですね」
屋敷の廊下を歩きながら、エリザが言う。
彼女の屋敷はとにかく広いので、最初に訪れた時から彼女が案内するのが慣例になって
いるのだ。
ここに住んでいたこともあるのだから真一郎達四人には案内など必要ないのだが、エリ
ザは譲らない。
それだけ暇なのだ。要するに…
「嗾けた本人が言うのはどうかと思うよ?」
真一郎はその言葉を笑って受け流す。
「でも、この屋敷に来るんだったらあれくらい突破する実力がないと…」
エリザは人差し指を立てて真一郎の鼻に乗せる。
そして、息がかかる暮らしに顔を寄せて柔らかく微笑んだ。
甘い香り…
「そうでしょう?」
「そうですね」
こういうことに慣れている真一郎にしては珍しく頬を染めて、逃げるように少し歩調を
早める。
エリザはその初々しい反応に満足して、彼の隣りに並んだ。
それきりエリザは話を振ってこない。
そのおかげで後ろの七瀬達を気にする余裕のできた真一郎は、誰にもばれないようにた
め息をついた。
七瀬と雪はもう慣れたことなので平然としている。
二年前は七瀬などエリザの行動に怒り狂う寸前まで切れそうになったものだが、今では
大人しいものだ。
ざからは、他人の行動にはたいして頓着しない。
問題は、残りの二人だった。
美由希と…久遠。
その二人からは、どことなく不機嫌なオーラが漂っていた。
彼女達二人は真一郎とエリザのすぐ後ろを歩いているのだが、こうして気にして見ると
視線の痛いこと…
エリザの行動が不満なのだろう。思い返せば、最初に抱きつかれた辺りからこんな感じ
だったような気もする。
(まいったな…)
これから一週間はこの屋敷で過ごすことになる。
ここはエリザの屋敷なので、もちろんその一週間は彼女も一緒だ。
その間、美由希も久遠もこのままだったら…考えただけでも肩身が狭い。
この先付き合っていく人でもあるし、なるべくなら仲良くしてもらいないのだが。
(まあ、なるようになるでしょう)
胃の痛くなりそうな考えをあっさりと打ち切ると、真一郎の元にある香りが届いた。
「あれ、紅茶でも入れてるの?」
「そうですよ、しばらく前にもらったんです」
「いい香りだけど…最近どこかで出会ったような…」
両履歴が長いだけに、真一郎はこういう嗅覚には自信がある。
その感覚が告げている。この香りは最近に出会った物だ。それは間違いない。
だが…どこだったのかいまいち思い出せない。
「つきました」
考えているうちに、彼ら一行は大きな扉の前についた。
「ここがお茶を飲む場所です。食事をする場所はこの向こうですから、初めての人達は
覚えておいてくださいね」
ここで初めてエリザは美由希達を振り返った。
いきなり話を振られた二人は顔を見合わせて、黙って頷いた。
印象は、あまりよくないらしい。
そんな二人の態度に気分を害することもなく、エリザは扉を開けて中に入った。
真一郎達もそれに続いて――
「お待ちしておりました。皆様方」
聞き覚えのある声と見覚えのあるメイド服に立ち止まった。
頭を下げた彼女は固まっている一同を見て不思議そうに首を傾げ、
「どうなさいました?」
「……どうして、ノエルがここにいるんですか?」
全員の疑問を代表してぶつけたのはざからだった。
その質問に真一郎達はこくこくと頷いた。
「どうしてと申されましても…」
聞かれたノエルは困っている。
それで一同ますます困るが、真一郎だけはなんとなくこの事態を理解していた。
「いや、いいよ。ノエルが紅茶を入れたの?」
「はい。真一郎様のお口に合うか分かりませんが…」
「大丈夫。ノエルが入れたんだったら」
彼女の主が入れたのだったら考えてしまうが、ノエルの料理の腕前は保障できる。
そのノエルはあまり表情のでない顔を微かに緩めると、真一郎達に席を促した。
ソファは大きめのテーブルを囲むように並べられている。
上座にはこの屋敷の主であるエリザ、テーブルを挟んで向かいがわに真一郎。
女性達はサイドに分かれて座るが、美由希と久遠は真一郎に近い場所を選んで座った。
一同の前にノエルの入れた紅茶が出される。
覚えのある香りであるはずだ。
この紅茶は月村家の――というか、ノエルの好みなのだから当然だった。
「今、お茶菓子を持ってきます」
そう言ってノエルは一礼すると、部屋を出て行った。
何人かが、紅茶のカップを取って口に運ぶ。
美由希もその一人だったが、彼女はしばらくして動きを止めると真一郎に尋ねた。
「…どうしてノエルさんがここにいるんですか?」
「ノエルがいる理由っていったら一つしかないと思いますけど…」
その言葉に上座のエリザが相槌を打つ。
美由希は意味が分からないといった風に首を傾げる。
真一郎もエリザと同じ考えだったが、やがて思い直して手を打った。
「そう言えば、美由希ちゃんにはあんまり『夜の一族』のこと話してなかったね」
「どういうことですか?」
「それは―」
その時、真一郎の言葉を遮るように彼らが入ってきた物と反対側にある扉が開いた。
「真、遅かったね」
遠慮もなく部屋に入ってくるその少女の姿に、美由希は目を丸くする。
ここにいるはずがない人が、みたいなことを考えているのが手にとるように分かった。
ノエルのいた段階で予想していた真一郎は驚かない。
落ち着いて紅茶のカップをテーブルに置くと、立ち上がって少女に歩み寄る。
「忍は早いな。まるで俺が誘いに行ってからすぐにでも出発したかのような感じがする
 けど…」
「当たり。元々私達も春休みにここに来る予定だったから、どうせなら真をからかおう
 と思って」
「そうか、それは勇気ある行動だな」
生来のいじめっ子ウィルスが真一郎の体内で活動を始める。
彼は一瞬で忍の死角を回って背後を取ると、そのまま腕で首を締め上げた。
「真!…ちょっと、苦しすぎ…」
「俺達はさ…ここの前の道を戦いながら来たんだ。いつもそれなりに大変だから、助け
てもらおうと思って出発する前に忍達を誘いに行ったんだけどなぁ。しかも、君らは無
事っぽいし…」
「ちなみに…最後のゴーレムの登場シーンは私が…考えたんだ」
「おまけに妨害に荷担しているとまできた…」
いじめっ子ウィルスパワーアップ…
首を絞めている腕を解き、安心して大きく息を吸い込む忍の頭を両手のグーで挟んでぐ
りぐりする。
昔よく唯子や小鳥にやった手だ。
よくやった手だからどうすれば痛くなるのか、というのも熟知している。
ポイントは拳の握り方。ちなみにレベルはマックス…唯子ですら謝る痛さだ。
「痛い痛いいたい…」
「今度からはこういうことはしない?」
「しない。安心して、だいじょうぶ」
「そう…次の時にはもっと凄い技をやるからそのつもりで…」
凄みをきかせて念を押し、真一郎は忍を解放した。
忍は涙目で真一郎を見上げ、改めて文句を言おうと口を開き…
「忍、先輩にちゃんと謝った?」
忍が出てきた方の扉からさくらが現れた。
目を潤ませて真一郎に詰め寄っている自分の姪を見て、真一郎に微笑んだ。
「先輩は分かってると思いますけど、忍には悪気は無いんです。許してあげてください」
「真、さくらってば自分だけいい人になろうとしてるよ。たまには先輩を困らせてあげ
 ましょうって言ったのはさくらなのに…」
「あら、そんな根も葉もないこと言ったら先輩に誤解されちゃうじゃない」
上品に笑って、さくらは忍の言葉を否定する。
真一郎はノエルに視線を送って真偽のほどを確認したが、彼女はなんともつかない表情
で首を左右に振った。
そこから察する固く口止めされているらしいが、その反応だけで十分である。
「さくらもさ…もう子供じゃないんだから、そういうことするのはやめようね」
「先輩だってたまに子供みたいなことするじゃないですか」
笑って済ませることができないと解かるや、さくらは拗ねて見せた。
普段のクールな印象からはほど遠い、一部の親しい人間にだけ見せる表情。
こんな時ではあるが、さくらのこの表情を見ると真一郎はささやかな優越感に満たされる。
「…忍さん」
と、真一郎が優越感に浸っていると背後から美由希の呆然とした声。
その声で初めて気付いたのか、忍は真一郎の肩越しに美由希を見て驚きの表情を作った。
「美由希じゃない…どうしてここにいるの?あ…」
今にも美由希に詰め寄りそうだった忍はそこで急に言葉を切って真一郎を見た。
そしてそのまま数秒固まると、すたすたと美由希の元まで歩いて肩をポンと叩いた。
「気を落としちゃだめだからね…」
「は?」
いきなりな忍の言葉に美由希はついていけない。
「真も軽そうに見えるとこあるかもしれないけど、根は真面目だから面倒は見てくれる
 と思うし、私やさくらでよければ何でも相談に乗るから…」
「あの…忍さん、何を?」
「え?だから真に女にされちゃったんでしょ?」
「な…違います!」
その言葉を聞いた途端、美由希真っ赤になってぶんぶん首を横に振った。
忍はあれ?と首を傾げて腕を組んだが、途端に顔を青くしてその背後の原因をばしばし
と叩いた。
「さっき言ったことをまるで理解してなかったみたいだけど…」
真一郎である。
彼はまったく感付かれずに忍の背後を取ると、先ほどよりもさらに強い力を込めて忍の
首を締め上げていた。
失神するギリギリの力での地獄の苦しみ。
かけられている方の忍もかなり本気で真一郎の腕を叩く。
さっきまで不機嫌オーラを出していた美由希だが、その光景を目の当たりにしてさすが
にこのままでは忍がやばいと悟ったのか、慌てて真一郎を止めに入る。
「真一郎さん、その辺でやめてください!」
「む…まあ、いいけど…」
釈然としない表情のまま、真一郎は忍を解放した。
彼女は真一郎から大きく跳び退ってぜえぜえと大きく息をする。
「今のは絶対…女の子の扱い方じゃないよ…」
その抗議はまったく正常な物だったのだが、真一郎は世にも凶悪な笑みを向けた。
「誤解を招くような言い方をするからだよ」
「真一郎は忍達に説明してなかったみたいですね」
目まぐるしく動いていた真一郎達を他所に、ざからと一緒になってお茶を飲んでいたエリ
ザが微笑みながら会話に割って入った。
「せめて近い知り合いには報告しないと駄目ですよ。私達と『盟約』を交わした人間種
族は仲間として扱われるのが正当ですから」
「そう言えば…話してなかったね」
「扱いとかって…何の話ですか?」
「美由希ちゃんは、真一郎から『夜の一族』についてどれくらい聞いてます?」
「え…っと」
美由希は考え込むがそれで分かるはずもない。何しろ『盟約』の相手である真一郎が詳
しいことは何一つ話していないからだ。
それは美由希が聞いてこなかったからなのだが、思えば何も知らないというのは不平等
な気がする。
「真ってば、そういうことは話しておかないとだめだよ」
「口の悪い忍にだけは言われたくないな…そう言えば、忍は驚いてたけどさくらは驚か
ないの?」
「私は最初に会った時からそんな予感がしてましたから」
そう言うと、さくらは美由希に歩み寄ってその手を取った。
「これで対等になれたわね。よろしく、美由希さん」
微笑むさくらに美由希はぽや〜っとなる。
そのまま彼女の魅力に負けて固まってしまいそうな美由希の目の前に手を振って正気に
戻すと、真一郎はソファに座りなおした。
いつの間にか機嫌を直して、ノエルの出してくれたお茶菓子をはむはむと食べていた久
遠が座りなおした真一郎に気付いてその膝にぴょんと飛び乗る。
その久遠の頭を撫でながら、
「とりあえず美由希ちゃん、そこの忍とさくらも『夜の一族』なんだ。だからって夜の
 一族なら誰でもここに入れるって訳じゃなくて…」
「私はあんまりお友達がいませんから。ここに来るのは凄く偉い人か、とっても仲良し
な人だけなんですよ」
「私達もエリザに会うのは年に二回くらいかな?私達は一回はこっちに来るし、エリザ
も何だかんだ言って日本に来るし…」
お茶菓子の乗っていた皿を念動で動かして遊びながら言う七瀬に、エリザが答える。
「だって、こんな場所に一人でいても面白くないでしょ?やっぱり『夜の一族』でもお
日様の下で元気に遊ばないと」
「それは・・・『夜の一族』と言わないのでは?」
美由希の突っ込む声にもどこか力がなかった。
読書家だけに吸血鬼という存在に対して自分なりの先入観みたいな物があったのかもし
れない。
ロマンを抱いていたのなら、それは音を立てて崩れ去ったことだろう。
何しろこの屋敷に集った吸血鬼達は棺桶の中で眠らなければ、ニンニクや十字架に異様
に怯えたりもしないのだから。
「まあ、それはそれとして…これで美由希も仲間になったのね」
「忍、『も』ってどういうこと?」
「ん?だって、恭也だって知ってるよ?兄妹で『盟約』を交わすなんて結構すごいかも…」
『は!?』
今度は、真一郎達の驚く番だった。
忍はこれといって説明せずにエリザに近い所に座って、紅茶に手を伸ばした。
「…いつから、恭也君は知ってるの?」
「えっとね…少し前に安次郎が私にちょっかいかけてきたでしょ?その時に私を守って
 くれたんだ」
その、恭也が守ってくれた時を思い返しているのか、忍は夢見心地だ。
真一郎の記憶が確かなら、その頃には恭也は那美と付き合い始めていたはずである。
それにも関わらず年頃の女の子の警護を引き受けるというのも、恭也らしいというか実
にお人よしな行動だ。
「あの…その時に、恭ちゃんに?」
「私が不覚を取って腕を刎ねられちゃってね。その時に恭也が血をくれたの」
血の共有は『夜の一族』にあっても特別な意味を持つ物である。
友人、恋人その形は場合によって様々だが、一度血を共有した者達は決しては壊れるこ
とのない絆で結ばれる。
まあそれはあくまで観念的な物だが、仲良くなるというのは事実だ。
忍と恭也が血の共有をしたというのなら…
(修羅場だね〜)
真一郎は心の中だけで楽しそうに呟く。
見た所、忍は本気で恭也に惚れ込んでいるようだ。
恭也には那美という恋人がいるが、それでも彼女は構うことはないだろう。
そして、恭也は寄ってくる女性をちゃんと拒めるほどの甲斐性を持ち合わせてはいない。
想像すればするほど面白い。那美と忍の間で困っている恭也が目に浮かぶようだ。
真一郎自身女性のことでは色々と苦労しているだけに、他人が女性に関して困っている
と無性に楽しくなるのだ。
「これからは私のことはお姉さんって呼んでもいいからね、美由希」
「それはちょっとさすがに…」
「むう、のりが悪いなぁ」
「その様子だと忍も『夜の一族』の詳しいことは彼に伝えていないですね?」
「ノエルのことは少し話したよ。一族のことはあまり興味ないみたいだから話してない
けど」
「じゃあ、いい機会ですから私が美由希ちゃんにお話しましょう」
ぱんと手を打ち合わせて、エリザは嬉しそうに言った。
真一郎達を相手に講義をする時のように、立てた右手の人差し指をくるくると回しなが
らエリザは語り始める。
「限界性能にかなりの差がありますけど、私達の基本的な身体構造は美由希ちゃん達と
 そう変わりません。でも、一番分かりやすい違いをあげるとすればこれですね」
エリザは瞼に手を当てて、その瞳を真紅に染めた。
「一定以上の血の濃さを有する『夜の一族』には皆備わっている物です。この瞳が発現
 した時、身体能力が飛躍的に上昇します。そして、その中でも特殊な物を私達は魔眼
 と呼びます」
「魔眼…ですか?」
いきなり出てきたファンタジーな単語に美由希は首を傾げた。
真一郎の時に耐性ができていたのか、彼女は真面目にエリザの話に耳を傾けている。
対して、この話を聞くべきもう一人の少女は相変わらす真一郎の膝の上で茶菓子をぱく
ついている。
(この娘にも、もう少し慎ましさってものがあれば…)
気分はもはやお父さんである。
そこが久遠の魅力の一つでもあるのだが、たまにこの娘はこちらの話を聞いてくれない。
大事な話をしている時でも、目の前に油揚げがちらつけばそっちに飛んでいってしまう…
そんな少女なのだ、久遠は。
だが、真一郎がこんな些細なことを悩んでいる時にもエリザの話は進む。
「魔眼にも色々な種類があります。メデューサの石化の魔眼なんて有名ですね。でも、
 そこまで危険な魔眼を持つ者は今の『夜の一族』にはいません。魔眼持ちの中で大多
数を占めるのが、私や忍やさくら、それに真一郎も持っている魅了の魔眼です」
「え、真一郎さんもそんな凄い物持ってたんですか?」
言ってこちらを振り返る美由希の目は羨望の光できらきらと輝いていた。
「て言うか、今の今まで俺も忘れてたくらいだけどね。そんなくらい俺には縁のない物
 だよ」
「自分の力を忘れちゃいけませんよ、真一郎。意外に便利なんですから。どれくらい便
 利かって言うと…」
エリザは視線を彷徨わせ、それから美由希に目を留めた。
いたずら好きな表情をして、言う。
「夜中に美由希ちゃんの部屋に押しかけて、そんな気分にさせちゃうことだって思いの
 ままですよ」
「なんてことを言うんですか!」
声を荒げて、真一郎は立ち上がる。
ついてこれなかった久遠が床にぽとりと落ちて、ついてきていた美由希は言葉の意味を
理解してぶすぶすと煙を上げている。
そんな彼らをあらあらと眺め、エリザは指を頬に当てて首を傾げた。
「考えたこともありませんか?」
と、小悪魔の表情を浮かべて聞いてくる。
ないか、と聞かれると…あると答えないといけない気がしないでもない。
恥ずかしながら魔眼の説明を最初に受けた時に考えたのはそれだった。
それが正常な反応なんだい、と言い訳がましく考えているがそれをそのまま答えては彼
女の思う壺である。
真一郎は憮然とした表情でソファに座りなおした。
床に落ちたままだった久遠を拾い上げて膝に乗せなおすと、なにやら考え込んでいる様
子の忍の姿が目に入った。
「なにか、よくないこと考えてるでしょ」
「そう言えば、恭也にそれ使ったら既成事実作れるかなって…」
真一郎は黙って菓子皿を振りかぶると、思い切り忍に打ち下ろした。
鈍い音がして、忍が沈黙する。
「まあ、それはそれとして…」
一連の動きを完全になかったことにしてエリザは話を再開する。
最初の悪印象もなんのその、美由希は真剣にその話に耳を傾けている。
真一郎は紅茶を飲みつつ何とはなしに彼女達の話を聞きながら、久方ぶりに訪れたこの
部屋を見回していた。
七瀬と雪とざからと、二年を過ごしたこの屋敷。
感慨深い物でもあるのか、七瀬も雪もざからもどこか懐かしそうに部屋を見回している。
(帰ってきたんだな…)
そんな思いを胸に、真一郎は紅茶を飲んでほっとため息をついた。







いまだに動きだなさい忍にさすがに心配になったノエルが駆け寄ったのは、別の話である。