うぃざ〜ど・おぶ・うぃざ〜ず  最終話















夢を見ていた。

銀(しろがね)の髪と、真紅に染まった六枚の翼。
渦巻く炎をその身に纏い、光り輝く刀を携えた少年。

その腕の中には、血にまみれた少女が一人。
少年によって切り裂かれた戦闘服、その肩口には刀によって貫かれた大きな傷があった。
まだ幼さの残る顔立ちをしているが、身に纏う雰囲気は狩人のよう…
その想像を裏付けるように、少女の左手の甲には、蒼い龍の刺青があった。

この時、二人はまだ知らない。お互いが、背中を守りうる相棒になるということを…
血に塗れた少女の意識は闇の中を彷徨い、少年はただ夜空を見上げている。

静かな夜。空には、少年の名に相応しく、月が厳かに大地を照らしている。

少年は目を閉じると、その背の翼を大きく広げた。
吹き荒れる風の中、少年と少女は夜空へとその姿を躍らせた。




「じゃあ、エリザ。色々とお世話になりました」

 旅立ちの日の朝、エッシェンシュタイン家の前庭に一同は集結していた。真一郎達とそ
れと一緒に帰ろうとしているさくら達…人数的には、都合九人という団体だった。

「またいつでも来てくださいね。連絡をくれなくても、私は分かりますから」
「旅費の問題とか、時間とかあるからね。そうそう頻繁には来れないけど、また必ず来る
よ」
「そこは気にしなくても近いうちにそちらに行きますから、その時は真一郎の家に泊めて
 くださいね」
「それは別に構わないけど…何か用事でもあるの?」
「あると言えばあります。今はそれが何なのかは分かりませんけど…多分起こります」
「未来予知とか…そういうの?」
「そんな立派な物じゃありませんよ。私の勘とでも言えばいいんでしょうか…」
「なら、確実か。いいよ、ちゃんと用意して待ってるから、いつでも来て」
「ありがとうございます」

 そう言って微笑むと、エリザは真一郎に顔を寄せて―

「その時は、また私に血を吸われてくださいね」
「我が主の仰せのままに…」

 七瀬は既に真一郎の『中』に、久遠は狐の姿に戻って動物用の籠の中である。エリザの
魔術を使えば飛行機など使わずとも、全員を一瞬で海鳴に飛ばすことも可能であるが、そ
ういうことにエリザは魔術を使ってくれない。魔術で移動できるようになれば、エリザと
もっと気軽に会えるのだが、いかんせん、転移の魔術は結構高位の魔術なのだった。

「先生、お元気で…」
「雪ちゃんも、体に気をつけてね。厚着して体を暖めちゃだめですよ」

 傍にはおかしな会話をしつつも、二人は握手を交わす。雪がその場を退くと次にざから
がエリザの前に立ち、手を差し出した。

「また、戦ってくださいね。ご主人様ではまだまだ全力で戦えませんから」
「いいですよ。次に会う時までにもっと強くなっておいてくださいね」

 化け物どうしの会話である。可憐な容姿をしているのにも関わらず、ざからは真一郎達
全員を纏めて相手にしても圧倒するし、エリザにいたってはそのざからすら圧倒する。実
際にその戦闘を目撃した美由希は、その会話に何かを感じたのかざからの傍らで乾いた笑
いを浮かべている。

「美由希ちゃん?」
「は、はい!」

 急に話を振られて、美由希は何故か慌てて姿勢を正した。そんな反応を微笑ましく眺め
ながら、エリザは美由希に顔を寄せ、囁く。

「色々とごたごたしててゆっくり話もできませんでしたけど、真一郎のことよろしくお願
いします」
「そんな…私の方こそ真一郎さんにはいつも助けられっぱなしで…」
「いえ、貴女が傍にいることは真一郎にとってきっと重要なことですよ。女の子としては、
 傍にいることが苦痛になる時もあるかもしれませんけど、見捨てないでいてあげてくだ
さい」
「ん? なに、俺の話?」
「いえいえ、女の子通しの秘密の会話ですから気にしないでください」

 近寄ってくる真一郎を見て、エリザは彼らから離れた。さくら達はもう挨拶を済ませた
のか、久遠の入った籠を抱えて少し離れた場所にいる。

「それでは、しばらくお別れです。道中、気をつけて帰ってください」
「またね、エリザ」

 手を振る真一郎。それに倣い、各々エリザに対して別れの仕草をする。そんな彼ら全員を見渡して微笑むと、エリザは右手を翳して指を鳴らした。

 真一郎達の目の前で空間が揺らぎ、広々としたエッシェンシュタインの屋敷は一瞬にし
てその姿を消した。今では、何の変哲もない少々開けただけの森の広場である。真一郎は
しばらくその場所を眺めていたが、やがて振り返って歩き出した。彼を先頭に他の女性達
も後に続く。

「…エリザさんって、凄い人なんですね」
「そりゃあ、俺達の先生だからね。及びもつかない所がまだまだあるけど…」
「真一郎さんの…先生、なんですよね?」

 質問、というよりは確認の口調である。隣を歩く美由希の顔を見ながら、真一郎は言葉
を探し、

「師匠であり、友達であり、大切な女性の一人かな…俺にとっては」
「私も…その中の一人ですか?」
「何か言った?美由希ちゃん」
「い、いえ…何でもないです…」
「ならいいけど。あ、そう言えばさっきエリザと何を話してたの?内緒話みたいだったか
ら気になるんだけど」
「内緒だから内緒話なんじゃないですか。真一郎さんには、教えてあげません」
「気になるんだけどな…」
「そんな顔しても駄目です。それで、あの…帰って時間があった私の鍛錬に付き合ってく
 れませんか?」
「別に構わないけど…いきなりどうして?」
「たまには、違う人とも鍛錬してみたいんです」

 何故か、怒った口調で返してくる美由希。怒られる覚えのない真一郎は首を捻りながら
も頷いて、それを承諾した。

「いいよ。でも、その時はざからの鍛錬にも付き合ってあげてね。打倒エリザに燃えてる
みたいだから、大変だと思うけど」
「それは、真一郎さんの仕事じゃあ…」
「だめ。俺とざからはセットだから、一緒に苦労してね」
「……はい」

ざからの本気を見た後だからだろうか、美由希はどこか腰が引けているようだ。まあ、
自分や美由希相手にざからが本気を出すとも思えないが、それでも恭也の鍛錬よりも苦労
することに変わりはない。まだ見ぬ恐怖に怯えている美由希を見て、不謹慎にも真一郎は
かわいいと思ってしまった。

「まあ、それはそれで楽しいこともあるから。期待はしてていいと思うよ」
「何の話ですか?」

 それまで後ろでさくら達と話していたざからが、真一郎達の方に走ってくる。ポニーテ
ールにされた白髪を揺らして駆けてくる様子を見ると、とてもこの少女が鬼神のごとき強
さを発揮するとはどうしても思えない美由希だった。

「美由希ちゃんが、ざからの鍛錬に付き合ってくれるってさ」
「ほんとですか!?」

 期待に目を輝かせて美由希に問い詰めるざから。純粋すぎるその瞳は、美由希の中から
断るという選択肢を消滅させていた。力なくこくこくと頷く美由希。対して、ざからはい
たく上機嫌になって、

「じゃあ、早く帰りましょう。こんな所でぐずぐずしてる場合じゃありません」
「ここで急いでも飛行機の時間は変わらないよ」
「気分の問題です。ここでじっとしてても鍛錬はできません」
「早く飛行場についても同じだと思うけどな…」
「いいんです!さあさあ、早く!」

 言うが早いか、ざからは荷物ごと美由希を担ぎ上げると全速力で駆け出していってしま
った。美由希の悲鳴が、ドップラー効果の見本のように小さくなっていく。

「まあ、こんなものか」

 美由希には悪いが、暴走したざからはいつもあんな感じだ。振り回される役割が今まで
は真一郎だったが、これからは美由希も一緒に振り回されてくれそうで何よりである。先
走ってしまった彼女達が気にならないでもないが、いくらなんでも森の出口で待っている
だろう。このままゆっくり歩いていっても合流はできるが、暴走した上に機嫌を損ねられ
てはたまったものではない。

「じゃあ、急ぎますか」

 幸せそうな苦笑を浮かべた真一郎は後ろ歩いているさくら達を促して、少し速度を上げ
て歩き出した。ざから達に追いつくまでの間えんえんと忍のぶ〜いんぐをくらうことにな
るが、それに一々制裁を加えて黙らせるのも、まあ、真一郎の日常である。






「そう言えば、忘れていましたね」

 真一郎達が去って、人気のなくなった屋敷の中。部屋中を埋め尽くす本棚に囲まれた書
斎で本を読みながら、エリザはぽつりと呟いた。

 託を忘れてしまった。それほど大事という訳ではないが、話しておいた方が後々楽には
なる問題である。窓の外を見るともう日は沈んでいる。今頃真一郎達は飛行機の中だろう。
今回の疲れもあって、寝ているかもしれない。思念を送ってこのことを伝えるのも簡単だ
が、寝ている真一郎を起こすとなると少々気が引けた。

「真一郎の寝顔はかわいいですからね」

 その寝顔を思い出して微笑むと、読んでいた本を閉じ眼鏡を外して椅子から立ちあがる。
 
 今朝、エリザは夢を見ていた。いつも見る夢とは違う、明確なビジョンを持った夢であ
る。あれは、間違いなくいつかの現実だった。エリザ自身が知らないから、過去ではある
まい。ならば、あれは未来の情景、それもそんなに遠くない未来だ。

 エリザの見る夢は真一郎に告げた『勘』よりも、さらに的確である。どんなつまらない
夢だとしても、こうして見た物は間違いなく的中する。少年と少女…夢の中に出てきたの
はその二人だった。おそらく、彼らはまだ生まれてすらいない。だが、何か予感めいた物
がエリザの中で渦巻いていた。

「次代を担うのが…彼らなんでしょうか?」

 あの少年と少女…もし、彼らが生きていくのがエリザの描いた未来であるのなら、その
世界を彼らに任せてもいいような気がした。まだ実現するかどうかも分からない、他人に
言わせれば馬鹿げた理想のような未来であるが…それでも、エリザはその世界を望む。

「『紅蓮の天使』、『再誕龍』…」

 あの夢と一緒に浮かんできた単語だ。その名を噛みしめ、エリザは再び目を閉じた。次
代を担うべき彼らにまた会えるようにと祈りながら、彼女は夢の世界へと落ちていった